ポルシェが、電気自動車に「変速する感覚」を与える新たな技術を検討していることが明らかになりました。
EVは一般的に、エンジン車のような多段トランスミッションを必要とせず、アクセルを踏めばモーターの強大なトルクが滑らかに立ち上がります。それは電動パワートレインの大きな長所である一方、ポルシェはあえてそこへ「ギアを変える感覚」を持ち込もうとしています。
しかも今回明らかになった特許で興味深いのは、単にスポーツカーらしい演出を目的としているわけではなく、雪、砂、泥、グラベルといったオフロード走行まで想定していることです。
ポルシェが考える「仮想トランスミッション」
CarBuzzが報じたポルシェの特許では、EVのモーター制御によって内燃機関車のトランスミッションに近い挙動を再現する仕組みが示されています。
実際に複数のギアを組み合わせて変速するのではなく、モーターの駆動トルクや回生ブレーキなどをソフトウェアで制御することで、あたかもギアが切り替わったかのような感覚を作り出します。
通常のオートマチックモードでは、内燃機関車のATが変速するようなタイミングで仮想的なシフトアップ/ダウンを行い、一方のマニュアルモードでは、ドライバーがパドルを操作して任意のタイミングで「変速」できる仕組みが想定されています。
つまり機械的には変速する必要がないEVに、意図的に変速という操作と感覚を戻そうとしているのです。
最大の特徴は「オフロードモード」
今回の技術で特に興味深いのが、オフロード走行専用の仮想シフトマップです。
オフロードモードでは、通常より高い仮想回転数を長く維持することで、ドライバーが駆動力を把握しやすくするとともに、下り坂などでは早めに仮想ダウンシフトを行い、エンジンブレーキに似た減速感を作り出します。
もちろんEVには実際のエンジンブレーキは存在しないため、減速そのものはモーターによる回生などを利用します。それでもアクセル操作、仮想回転数、シフト位置、減速感を連動させれば、内燃機関を搭載したSUVに近い操作感を作ることは可能です。
さらに特許では、雪、砂、泥、グラベルなど路面状況に応じて異なる仮想シフトマップを用意することも想定されています。
これは単なる「変速ごっこ」と考えると少し見方を誤るかもしれません。
仮想ギアがオフロードで役立つ理由
EVのメリットのひとつは、モーターによって非常に細かくトルクを制御できることです。しかし、人間の感覚という点では、あまりにも滑らかな加減速が必ずしも分かりやすいとは限りません。
内燃機関車では、エンジン音や回転数、選択しているギア、エンジンブレーキなどから、ドライバーは無意識のうちに「今どの程度の駆動力が出ているのか」を判断しています。
そこでポルシェは、EVの優れたモーター制御を捨てるのではなく、その上に仮想的な回転数や変速感を重ねることで、人間が理解しやすいフィードバックを作ろうとしていると考えられます。
オフロードではタイヤが滑りやすく、アクセル操作も舗装路以上に繊細になるため、この考え方には一定の合理性があります。
路面をクルマ自身が判断する可能性も
さらに興味深いのは、ドライバーが手動でモードを選択するだけでなく、車両側が走行環境を判断して適切なモードを選択する構想も含まれていることです。
ホイールスピンを検出するセンサーだけでなく、地図情報や車外カメラなどを利用し、現在走っている場所が舗装路なのか、泥なのか、雪なのかを判断。その情報に合わせて仮想シフト特性を変えることが想定されています。
EVだからこそ可能になる緻密な電子制御と、内燃機関車で培われてきたドライバーへのフィードバックを組み合わせる考え方と言えるでしょう。
すでにTaycanには「E-Shift」が存在する
そして、この特許を単なるアイデアとして片付けられない理由があります。
ポルシェはすでにTaycanへ「E-Shift」と呼ばれる仮想変速機能を導入しており、ソフトウェアによって8速PDKのような変速感を再現しています。
E-Shiftではステアリングのパドルから仮想ギアを操作できるだけでなく、変速時にはモーターの駆動トルクを一瞬落とすことでシフトショックを作り、仮想回転計やサウンドまで連動させています。
重要なのは、ポルシェ自身が「速くするための機能ではない」と説明していることです。
本来なら途切れることなく加速できるEVに、あえて一瞬のトルク断を作るという、性能だけを考えれば逆方向とも言える制御を採用しています。それでも導入する理由は、ドライバーがクルマを操っているという感覚を強めるためです。
今回のオフロード向け仮想シフトも、その思想をさらに発展させたものと見ることができます。
次期Cayenne Electricへの搭載を想定している?
現時点でポルシェは、この特許をどのモデルへ採用するのか発表していません。また、特許が取得・公開されたからといって必ず市販車へ搭載されるわけでもありません。
ただし、技術の性格を考えると非常に興味深い候補があります。
Cayenne Electricです。
Macan Electricにもすでにオフロードモードが用意されており、前後モーターのトルク配分などを制御することで悪路でのトラクションを高めています。そのため、より大型で本格的なSUVとなるCayenne Electricに、仮想シフトとオフロード制御を組み合わせた新しいドライビングモードが搭載されても不思議ではありません。
もちろん現段階では推測に過ぎませんが、TaycanでE-Shiftを実用化したポルシェが、その技術をSUVへ展開するという流れには一定の説得力があります。
EVは「変速不要」から「変速を選べる」時代へ
EVには多段変速機が必要ない――これは技術的には正しい考え方です。
しかし、クルマを単なる移動手段ではなく「運転する機械」として考えれば、必ずしも効率だけが正解とは限りません。
変速時のショック、回転数の上昇、エンジン音、シフトダウンによる減速。これまでドライバーがクルマの状態を感じ取るために使ってきた情報の多くは、EVになることで失われてしまいます。
だからこそポルシェは、それらを物理的なトランスミッションではなくソフトウェアによって再構築しようとしているのでしょう。
TaycanのE-Shiftが「スポーツカーとしての感情」をEVに取り戻す技術だとすれば、今回の特許は「SUVを操る感覚」をEVでも残そうとする試みと見ることができます。
一見すると不必要にも思える仮想変速ですが、EVが当たり前になるほど、こうした“あえて残された不完全さ”がブランドごとの個性を生み出していくのかもしれません。
参考・出典:CarBuzz / Porsche Newsroom / Porsche Christophorus




