現代のブガッティを語るうえで、フェルディナント・ピエヒやマテ・リマックといった人物の名前は欠かせません。しかし、世界最高峰のハイパーカーを「実際にブガッティ品質として成立させる」という意味で、24年間にわたってブランドを支え続けてきた人物がいます。
ブガッティ・オートモビルズ社長を務めるクリストフ・ピオション(Christophe Piochon)氏です。
ブガッティは、ピオション氏が2026年10月31日をもってブランドでのキャリアを終えることを発表しました。
彼がブガッティに関わり始めたのは2001年末。当時、後に世界を震撼させるヴェイロンはまだ試作車の段階でした。それから約24年、ヴェイロン、シロン、W16ミストラル、ボリード、そして新世代のトゥールビヨンへと続く現代ブガッティの歴史を、品質、製造、そして経営の側から支えてきた人物です。
「ブガッティ品質」が存在しなかった時代から始まった

ピオション氏のブガッティでのキャリアは、フォルクスワーゲンのプロトタイプ施設から始まりました。
当時の役職は「Bugatti Project Quality Manager」。最初期のヴェイロン試作車の組み立てに携わると同時に、まったく新しいハイパーカーに求められる品質基準そのものを構築する役割を担いました。
現在でこそブガッティと聞けば、圧倒的な性能だけでなく、極めて高い製造品質やクラフトマンシップを思い浮かべます。しかし当時は、現代のブガッティが復活したばかりであり、「ブガッティならどこまでの品質を要求するのか」という基準自体を一から作らなければならなかったのです。
しかもヴェイロンは、単に豪華なスーパーカーを作ればいいというプロジェクトではありませんでした。1,000PS級の出力と400km/hを超える最高速度を実現しながら、一般道を普通に走ることができ、豪華で快適であり、なおかつ顧客に市販車として引き渡せる品質を成立させる必要がありました。
つまりピオション氏たちは、「前例のないクルマ」に対して「前例のない品質基準」を同時に作っていたことになります。
自ら10万kmを走り、6万kmをテストドライバーとして経験
ピオション氏の仕事を象徴する数字があります。
彼はブガッティで累計約10万kmを走行し、そのうち約6万kmをテストドライバーとして走ったといいます。
品質責任者が会議室や工場だけで品質を判断するのではなく、自らステアリングを握ってクルマを確認していたことになります。
さらに驚くべきことに、これまでモルスハイムから送り出されたブガッティのうち、ピオション氏が自ら見たり、承認したり、テストしたりすることなく出荷された車両は「約40台」にすぎないと本人は振り返っています。
現代ブガッティは約1,200台を生産してきましたから、ほぼすべての車両に何らかの形で彼が関わってきたことになります。
ブガッティの品質管理が単なるチェックリストではなく、長年蓄積された人間の感覚や経験まで含めたものであることが分かるエピソードです。
ヴェイロンからシロン、そしてW16最後の瞬間まで
ピオション氏の24年間は、そのまま現代ブガッティの歴史と重なります。
2005年にはモルスハイムのアトリエ開設とヴェイロンの本格的なスタートを経験し、2016年にはジュネーブでシロンが世界初公開されました。
その後もシロンをベースとした数々の派生モデルやワンオフモデル、ボリード、W16ミストラルなどに関わり続けています。
そして彼は、現代ブガッティを象徴した「W16エンジン」の最後にも立ち会いました。
フォルクスワーゲンのザルツギッター工場で最後のW16エンジンが組み立てられた際、その組み立てにも参加しています。
ヴェイロンの試作車からキャリアを始め、W16エンジンが歴史を終える瞬間まで見届けたという経歴は、ブガッティの中でも極めて特別なものです。
70人だったモルスハイムを約200人規模へ
ピオション氏が残したものは、クルマだけではありません。
品質部門を率いた後、ドレスデンでの勤務を経て2013年にモルスハイムへ戻ると、生産・物流担当マネージングディレクター兼サイトディレクターに就任しました。
当時、モルスハイムで働いていたスタッフは約70人でしたが、現在は約200人規模にまで成長しています。
さらに2024年には新しいオフィスが開設され、2026年6月にはトゥールビヨンの生産を担う新施設「La Manufacture」が完成しました。
つまりピオション氏は、ブガッティの品質を作っただけでなく、それを次世代へ継承できる「組織」と「場所」を作る役割まで担ってきたのです。
Bugatti Rimac誕生後は経営トップへ
2021年にBugatti Rimacが設立されると、ピオション氏はブガッティ・オートモビルズ社長、さらにBugatti RimacのCOO(最高執行責任者)に就任しました。
一方、Bugatti Rimacを率いることになったのが、リマック創業者のマテ・リマック氏です。
電動ハイパーカー「Nevera」で知られる新世代の起業家であるリマック氏と、ヴェイロン開発時代からブガッティを知るピオション氏。この組み合わせは、伝統的なブガッティと新しい技術を結び付けるうえで重要な意味を持っていました。
その成果を象徴する存在が、2024年に発表された「トゥールビヨン」です。
トゥールビヨンまで見届けて退任

トゥールビヨンは、ブガッティにとって歴史的な転換点となるモデルです。
ヴェイロン以来ブランドを象徴してきたW16エンジンを廃止し、新開発の自然吸気V16エンジンと電動モーターを組み合わせたハイブリッドシステムへ移行しました。
ピオション氏は2024年にモルスハイムで行われたトゥールビヨンのワールドプレミアにも参加し、その後は実車のテストドライブにも携わっています。
つまり彼のキャリアは、W16時代の「始まり」と「終わり」だけでなく、その次に訪れるV16ハイブリッド時代の「始まり」までつないだことになります。
後任はマテ・リマック
ピオション氏は2026年10月31日をもってブガッティでのキャリアを正式に終え、ブガッティ・オートモビルズ社長の役割はマテ・リマック氏へ引き継がれます。
ここは今後のブガッティを考えるうえでも非常に重要です。
ピオション氏は、品質管理、製造、物流、工場運営、そして経営という現場側からブガッティを知り尽くした人物でした。それに対してリマック氏は、電動化やソフトウェア、高性能EVを武器に自らメーカーを立ち上げた起業家です。
世代だけでなく、バックグラウンドも大きく異なる人物へのバトンタッチとなります。
ただし、これはブガッティの伝統を捨てるという意味ではないでしょう。
むしろピオション氏が約24年間をかけて作り上げてきた品質基準やモルスハイムの組織を土台として、リマック氏がどのように次のブガッティを作るのか。その真価が問われる段階に入ったと見るべきです。
生産計画はすでに2030年まで埋まっている
ピオション氏は退任に際し、ブガッティの将来について非常に興味深い事実も明かしています。
現在、ブガッティの生産計画は2030年まで埋まっているというのです。
トゥールビヨンという新世代モデルへの移行だけでなく、新しい生産施設への投資、モルスハイムの人員拡大などを考えても、少なくとも現時点でブガッティのビジネスが危機的な状況にあるわけではありません。
むしろ、ピオション氏が退任するタイミングとしては、次の世代へ引き継ぐための基盤が整った時期とも考えられます。
「速さ」ではなく「品質」を作った人物
ブガッティについて語るとき、どうしても最高速度や馬力といった数字に目が向きます。
しかし、1,000PSを超えるエンジンを作ることと、それを顧客が所有できる一台の完成車として成立させることは別の問題です。
400km/hを超える速度域に耐えながら、豪華な内装を持ち、街中でも扱うことができ、さらに数億円を支払う顧客が納得する仕上がりを実現する――その途方もない要求を「ブガッティなら当然」と呼べる水準にまで引き上げた人物の一人が、クリストフ・ピオション氏だったのでしょう。
ヴェイロンがまだ「本当に市販できるのか」と疑われていた時代に参加し、シロンとW16時代の完成を見届け、最後にはV16ハイブリッドのトゥールビヨンへとバトンをつなぐ。
24年間という数字以上に、その24年間が現代ブガッティのほぼ全歴史と重なっていることに、ピオション氏の退任の大きさがあります。
2026年10月31日、一つの時代が終わります。
しかし彼が作った「ブガッティ品質」は、トゥールビヨン、そしてその先のモデルにも残り続けることになりそうです。
参考・出典:CarBuzz / Bugatti Newsroom




