VWが密かに作った「W10エンジン搭載BMW M5」が競売へ ブガッティW16へとつながる幻の実験車

BMW M5のボンネットを開けたら、そこにフォルクスワーゲン製エンジンが収まっている——しかもV8でもV10でもなく、極めて珍しい「W10」です。

一見すると普通のE39型BMW M5ですが、その正体はフォルクスワーゲンが1999年に開発した実験車両で、当時フォルクスワーゲングループを率いていたフェルディナント・ピエヒの指示によって製作されたとされています。

市販されることのなかった5.0リッター自然吸気W10エンジンを搭載し、ピエヒ自身が実際に運転したとも伝えられるこのM5が、2026年10月9日にBroad Arrow Auctionsのオークションへ出品されることになりました。

目次

なぜVWはBMW M5に自社製エンジンを載せたのか

この奇妙な組み合わせが誕生した背景には、フォルクスワーゲンが当時進めていたW型エンジン開発があります。

1990年代後半、フォルクスワーゲンは狭角V型の「VR」エンジンを発展させながら、より多くのシリンダーをコンパクトなスペースに収めるW型エンジンの研究を進めていました。その過程でピエヒは、高性能セダン向けのエンジンとして5.0リッターW10の開発を指示したとされています。

ところが問題になったのが、そのエンジンを何に搭載してテストするのかという点でした。

当時のフォルクスワーゲングループには、W10の性能を受け止めながらBMW M5のような高性能セダンとして走らせられる適切な車両がなく、そこで白羽の矢が立ったのが、ライバルメーカーであるBMWのE39型M5だったのです。

つまりBMWとフォルクスワーゲンによる共同開発車ではありません。フォルクスワーゲンが自社の実験用エンジンをテストするため、BMW M5をテストベッドとして利用したという、現在ではまず考えられないようなプロジェクトでした。

5.0リッター自然吸気W10は約480PS

ベースとなったE39型M5には、本来BMWの4.9リッター自然吸気V8「S62」が搭載されていますが、この車両ではそれを取り外し、フォルクスワーゲンが試作したオールアルミ製5.0リッター自然吸気W10へ換装されています。

項目VW W10搭載M5
ベース車両BMW M5(E39)
エンジン5.0L 自然吸気W10
最高出力約480PS
最大トルク592Nm
トランスミッション6速MT
駆動方式FR
製作時期1999〜2000年頃

W10は基本的に2基のVR5を組み合わせるような構成を持ち、共通のクランクシャフトを使用します。

最高出力は約480PS、最大トルクは592Nmに達し、E39 M5純正のV8を上回る性能を発揮しました。それでいてトランスミッションについてはBMWの6速MTが残されており、フォルクスワーゲン製W10とBMW製シャシー、さらにマニュアルトランスミッションという異例の組み合わせが完成しています。

わずか3基しか作られなかった「幻のW10」

このW10が特別なのは、単に市販されなかったからだけではありません。

プロジェクトを率いたエンジニア、Sabine Willeke氏の証言によれば、W10エンジンはわずか3基しか製作されなかったとされています。

そのうち1基がこのM5に搭載されており、もう1基は展示用エンジンとして今回の車両とともに提供され、残る1基はドイツに存在するとされています。

さらにW10を搭載した公道走行可能な車両は、このBMW M5以外には確認されていません。

フォルクスワーゲンは最終的にW10を市販化せず、その後はW8やW12、さらにブガッティ・ヴェイロンへ搭載されたW16などへW型エンジンの技術を発展させていきました。

そのため、このM5は単なるワンオフカーというより、フォルクスワーゲングループが大排気量W型エンジンを追求していた時代を現在に伝える実験車両ともいえる存在です。

開発費は約200万ユーロとも

さらに驚かされるのが、このプロジェクトに投入されたとされる費用です。

現在のオーナーがBroad Arrow Auctionsに語ったところによれば、この非公式なW10プロジェクトには約200万ユーロもの費用が投じられたとされています。

単純にM5へ試作エンジンを載せただけではなく、専用の吸気系や点火システム、冷却系などが丁寧に作り込まれており、エンジン制御についても独立したECUが採用されました。

プロトタイプでありながら、単に「エンジンが掛かって走れる」というレベルではなく、実際に公道で使用できるところまで仕上げられていたことが、この車両の異常ともいえる完成度を物語っています。

ピエヒ自身が乗っていたM5

そして、この車をさらに特別な存在にしているのがフェルディナント・ピエヒとの関係です。

W10 M5は開発中に仮ナンバーを装着し、ピエヒ自身がテストドライブを行っただけでなく、個人的な移動にも使用していたと伝えられています。

アウディの技術責任者時代からクワトロなどの開発に深く関わり、その後フォルクスワーゲングループを巨大な自動車グループへと成長させた人物が、ライバルであるBMWのM5に自社の試作エンジンを載せ、それを自ら運転していたわけです。

このエピソードだけでも、現在の自動車業界ではなかなか想像できない時代だったことが伝わってきます。

外から見ればほぼ普通のE39 M5

これほど特殊な車両でありながら、外観は驚くほど普通です。

ボディカラーはカーボンブラックメタリック、インテリアもブラックレザーというE39 M5らしい仕様で、ボンネットを開けなければVW製W10が搭載されているとはまず気付かないでしょう。

一方、車内にはStack製メーターやセンターコンソールへ追加された計器類など、開発車両だった痕跡が残されています。

現在のオーナーは約10年前にエンジニアリング関係の人脈を通じてこの車両を取得したとされ、その後スロバキアで登録し、単なる展示物として保管するのではなく実際に走行させてきました。

予想落札価格は約4,300万〜6,000万円

Broad Arrow Auctionsによる予想落札価格は25万〜35万ユーロで、1ユーロ170円として単純換算すれば約4,250万〜5,950万円となります。

一般的なE39 M5として考えれば非常に高額ですが、この車には「BMW M5」「VW試作W10」「フェルディナント・ピエヒ」「世界で事実上1台」という複数の歴史的要素があります。

さらに、もう1基のW10エンジンも付属するとされており、自動車メーカーの開発史そのものを所有するようなコレクターズアイテムです。

W10が市販されなかったからこそ、このM5は面白い

フォルクスワーゲンはW8、W12、W16を実際に市販しましたが、その間に位置するW10は量産化されることなく姿を消しました。

もしW10が市販されていたなら、このM5も単なる試作車のひとつとして扱われていたかもしれません。しかしW10そのものが幻のエンジンとなったことで、その唯一ともいえる実走可能な搭載車であるE39 M5には、極めて特殊な価値が生まれています。

そして何より興味深いのは、フォルクスワーゲンが自社の高性能エンジンを完成させるために、当時のライバルであるBMW M5を選んだという事実でしょう。

メーカー同士の境界を越え、純粋に「このエンジンを試すのに最適なシャシーは何か」を考えた結果として生まれたW10搭載M5は、ピエヒ時代のフォルクスワーゲンを象徴するような一台なのかもしれません。

約四半世紀を経てオークションへ姿を現したこのM5は、BMWの歴史だけでなく、後のW12やW16へと続いていくフォルクスワーゲングループのW型エンジン開発史を伝える、非常に貴重な存在といえそうです。

参考・出典:Autoblog / Broad Arrow Auctions / GDM Motors

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この記事を書いた人

メルセデス・ベンツ正規ディーラーを中心に、自動車業界で10年以上の経験を持つ筆者。販売現場で培った経験をもとに、高級車・新型車を中心とした自動車情報を独自の視点で発信しています。

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