フォルクスワーゲン(VW)は2026年10月9日、新型電動SUV「ID. Tiguan(ID.ティグアン)」を正式発表しました。従来の電気自動車「ID.4」と「ID.5」の後継に位置付けられるモデルであり、2027年初頭から欧州市場に投入される予定です。
注目すべきは、単なるデザイン変更や航続距離の延長にとどまらず、これまでのEVで批判されてきた操作性を大幅に見直したことです。タッチセンサー式の操作系から物理ボタンへの回帰を進め、さらに長年親しまれてきた「ティグアン」の車名を採用することで、VWは電動化戦略に新たな方向性を示しました。
新型ID.ティグアンは、EVに先進性を求めるだけでなく、従来のフォルクスワーゲンが大切にしてきた使いやすさや安心感を取り戻そうとする一台なのかもしれません。

ID.4からID.ティグアンへ、なぜ名前まで変えたのか

これまでフォルクスワーゲンは、電気自動車を「ID.3」「ID.4」「ID.5」といった数字を組み合わせた独自の名称で展開してきました。しかし、新型モデルではその方針を見直し、世界的に知名度の高い「ティグアン」の名称を採用しています。
ティグアンはVWを代表するSUVであり、累計生産台数は830万台を超えています。一方、ID.4とID.5も2021年以降に合計95万台以上を販売・納車しており、決して商業的に失敗したモデルというわけではありません。
それでも名称を変更する背景には、EVを特別なカテゴリーとして扱うのではなく、従来のガソリン車やハイブリッド車と同じように選んでもらいたいという狙いがあると考えられます。
実際、新型ID.ティグアンは既存のティグアンを置き換えるのではなく、内燃機関モデルやハイブリッドモデルと並行して販売される予定です。消費者がパワートレインの違いを意識しすぎず、自分の生活に合ったティグアンを選べる商品構成へと変化していくことになります。
デザインも一新、丸みを帯びたID.4から力強いSUVへ

新型ID.ティグアンのエクステリアは、従来のID.4が採用していた曲線的なデザインから、より直線的で力強いスタイルへと変更されました。
VWの新しいデザイン思想「Pure Positive」を取り入れ、フロントには左右をつなぐLEDライトバーとイルミネーション付きエンブレムを配置。ボディ側面もすっきりとした造形になり、従来より堂々としたSUVらしい存在感を獲得しています。
また、近年のEVで採用例が増えていた格納式ドアハンドルではなく、一般的な形状のドアハンドルを採用した点も特徴的です。先進的な外観を追求するだけでなく、日常的な使いやすさを重視した変更といえるでしょう。
空力性能についても改善が図られており、空気抵抗係数は従来の0.27から0.26へと低減。外観の力強さと電費性能を両立させています。
最大の進化は室内!不評だったタッチ操作を物理ボタンへ戻した

新型ID.ティグアンで最も興味深い変更点は、インテリアの操作系です。
近年のフォルクスワーゲン車では、タッチセンサー式ステアリングスイッチや空調操作パネルが採用されてきましたが、運転中の操作性についてユーザーから批判を受けていました。
そこで新型モデルでは、ステアリングに物理スイッチを復活させるとともに、空調操作にも独立したボタンを採用。さらにセンターコンソールには、音量調整やドライブモード切り替えに使用できるロータリーダイヤルが設けられています。
運転席ドアのパワーウインドウスイッチも、従来の前後切り替え式から4枚の窓を個別に操作できる方式へ変更されました。
一方、デジタル装備が後退したわけではありません。センターには15インチの大型タッチスクリーンを配置し、助手席側にはオプションで12インチの専用ディスプレイを装備できます。
つまりVWは、すべてをデジタル化するのではなく、頻繁に操作する機能には物理スイッチを残し、それ以外の情報表示やエンターテインメントには大型ディスプレイを活用するという、現実的なバランスを選択したのです。
歴代ゴルフのメーターを再現!遊び心のあるレトロモードも搭載

先進的なデジタルコックピットの中に、VWファンを喜ばせる仕掛けが用意されていることも見逃せません。
新型ID.ティグアンには、歴代フォルクスワーゲン車のメーターデザインを再現する「Retro」表示モードが採用されました。
初代ゴルフや2代目ゴルフ・カントリー、4代目ゴルフ、初代ティグアン、ビートル、レース仕様のトゥアレグなど、6種類のデザインを選択でき、センターディスプレイ側の表示も連動させられます。
最新EVでありながら、かつてのフォルクスワーゲン車を思わせるメーター表示を楽しめるという演出は、長年のブランドファンにとって魅力的な装備となりそうです。
単なる懐古趣味ではなく、デジタル技術によってブランドの歴史を現代のクルマへ持ち込んだ、興味深い試みといえるでしょう。
最高出力299PS、航続距離600kmの新型EV
新型ID.ティグアンには、改良型の電気自動車専用プラットフォーム「MEB+」が採用されています。
欧州向けには、バッテリー容量と駆動方式の異なる3種類のパワートレインが設定され、最上位モデルでは最高出力299PSを発揮します。
新型ID.ティグアンの主要スペック
| 項目 | エントリー | 中間モデル | 上位モデル |
|---|---|---|---|
| 駆動方式 | RWD | RWD | AWD(4MOTION) |
| 最高出力 | 190PS | 286PS | 299PS |
| バッテリー容量 | 58kWh | 77kWh | 77kWh |
| 航続距離 | 最大約450km | 最大600km | 仕様による |
| プラットフォーム | MEB+ | MEB+ | MEB+ |
※航続距離は欧州WLTP基準の公表値・報道値であり、仕様によって異なります。
航続距離は最大600kmに達し、従来のID.4から改善されています。また、最大牽引能力は2,000kgまで引き上げられており、アウトドアやレジャーでの実用性も高められました。
さらに、アクセルペダルの操作だけで加減速を行いやすくするワンペダルドライビングや、車両のバッテリーから外部機器へ給電できるV2L機能も用意されています。
ただし、最大急速充電出力は77kWh仕様で165kWとされており、最新の800Vアーキテクチャを採用する一部の競合EVと比較すると、充電性能が突出しているわけではありません。
新型ID.ティグアンは、極端な高性能化よりも、航続距離、快適性、実用性をバランスよく高めることに重点を置いたモデルと考えられます。
欧州価格は約757万円から、日本発売はどうなる?
新型ID.ティグアンのドイツでの販売価格は、42,695ユーロ(約757万円)からと発表されています。
※日本円換算は2026年10月8日のECB参考為替レート、1ユーロ=177.05円を使用。
ドイツなどの欧州市場では2026年10月13日から先行受注が始まり、2027年初頭に発売される予定です。
一方、日本市場への導入については現時点で正式な発表がありません。
国内でもティグアンの知名度は高く、既存のSUVラインアップとの親和性を考えれば導入に期待したいところですが、販売価格や充電環境、既存のID.シリーズとの位置付けなど、検討すべき課題もあります。
仮に日本へ導入される場合、欧州価格をそのまま円換算した金額が国内販売価格になるわけではなく、装備内容や税制、輸送費などによって変わる可能性があります。
VWはEV戦略を修正したのか?「先進性」より「使いやすさ」を選んだ意味
今回のID.ティグアンで注目したいのは、フォルクスワーゲンがEVのあり方を見直しているように見えることです。
これまで自動車メーカー各社は、電気自動車を従来のクルマとは異なる存在として演出し、大型ディスプレイやタッチ操作、独創的なデザインによって先進性を競ってきました。
しかし、クルマは毎日使用する生活の道具でもあり、先進的な操作方法が必ずしも快適な運転体験につながるとは限りません。
特に空調や音量調整のような頻繁に使用する機能では、画面を見ずに操作できる物理スイッチの利点は大きく、今回の変更はユーザーの声を反映した合理的な判断といえます。
また、EV専用の数字による車名から、長年親しまれてきたティグアンという名称へ移行したことも象徴的です。
電気自動車だから購入するのではなく、ティグアンが欲しいと思った人が、その選択肢の一つとしてEVを選ぶ。VWが目指しているのは、そのような自然な電動化なのではないでしょうか。
まとめ:ID.ティグアンはVWが取り戻したかった「普通の良さ」を体現する一台
新型ID.ティグアンは、ID.4とID.5の後継モデルとして登場するだけでなく、フォルクスワーゲンの電動化戦略における重要な転換点となる可能性があります。
物理ボタンの復活、親しみやすい車名、力強いSUVデザイン、そして実用的な航続距離。これらの変更からは、最新技術を採用すること自体よりも、ドライバーにとって使いやすいクルマをつくるという姿勢が感じられます。
もちろん、販売価格や充電性能、競合するテスラ・モデルYなどとの比較を考えれば、成功が約束されているわけではありません。
それでも、かつてゴルフやティグアンが多くのユーザーから支持されてきた理由をEVに取り戻そうとする今回の試みは、今後の自動車業界にとっても興味深い動きです。
EVが特別な存在ではなくなりつつある今、フォルクスワーゲンが改めて提示した「使いやすさ」という価値が、市場でどこまで評価されるのか注目したいところです。
参考・出典:Volkswagen Newsroom / Autoblog / Auto Express




