米国で進められている「中国車排除」の動きが、思わぬところでメルセデス・ベンツを巻き込んでいます。
米上院で審議されている法案では、中国など「懸念国」と関係するコネクテッドカーや関連技術を米国市場から排除することが検討されていますが、その中には中国企業による出資比率が15%を超える自動車メーカーを対象とする規定が含まれているためです。
問題は、メルセデス・ベンツがドイツを代表する自動車メーカーでありながら、中国企業が合計で約20%の株式を保有していることです。
このまま単純に「15%」という線引きを適用すれば、中国メーカーを締め出すための法律によって、メルセデス・ベンツまで米国で販売できなくなる可能性があります。

なぜメルセデスが「中国車規制」に引っかかるのか
今回の問題を理解するうえで重要なのが、メルセデス・ベンツの株主構成です。
同社には中国の吉利汽車(Geely)創業者である李書福氏の投資会社や、北京汽車集団(BAIC)などが大株主として存在しており、中国系株主の保有比率を合わせると約20%に達します。
一方、米上院で議論されている法案では、中国企業などによる出資比率が15%を超える自動車メーカーを規制対象とする規定が盛り込まれています。
つまり、企業の本社所在地だけを見れば完全なドイツ企業であるメルセデス・ベンツが、「中国資本が15%を超えている」という理由だけで規制対象になり得るわけです。
しかもメルセデスは米国と無関係な輸入メーカーではありません。アラバマ州ではSUVを生産し、サウスカロライナ州ではバンを生産するなど、約30年にわたって米国内に生産基盤を構築してきました。
中国メーカーを米国市場から締め出すことを目的とした法案によって、米国内で長年雇用と生産を支えてきたドイツメーカーまで排除されるという、制度上の矛盾が浮き彫りになった形です。
米国が中国車を警戒する理由
そもそも米国がここまで中国車を警戒している背景には、単純な価格競争だけではなく「国家安全保障」という問題があります。
現代の自動車はインターネットに常時接続され、カメラ、位置情報、LiDAR、各種センサーなどから膨大なデータを取得します。さらにOTAによるソフトウェア更新や遠隔操作機能なども一般化しており、自動車は事実上「走るコンピューター」になりました。
米国側は、中国企業が開発した車両やソフトウェアが大量に国内へ普及した場合、車両から収集されたデータが中国側へ渡る可能性だけでなく、将来的には重要な車両機能へ外部からアクセスされるリスクについても警戒しています。
法案を共同提案しているエリッサ・スロットキン上院議員は、中国製コネクテッドカーについて、カメラや位置情報、遠隔アクセス機能などを備えた車両が安全保障上の脅威になり得ると主張しています。
そのため今回の法案は、BYDやGeelyといった中国ブランドを単純に「関税で高くする」のではなく、中国系企業と車両、ソフトウェア、ハードウェアとの関係そのものを規制する方向へ踏み込んでいる点が特徴です。
メルセデスCEOは「中国株主に経営への影響力はない」と反論
当然ながらメルセデス・ベンツ側も、中国企業が株式を保有していることと、中国政府が企業経営に影響を与えられることは別問題だと考えています。
CEOのオラ・ケレニウス氏は、中国系大株主について、それぞれが協調して行動しているわけではなく、取締役会にも代表者を送り込んでいないとして、基本的には財務的・受動的な投資であることを強調しています。
ここには今回の法案が抱える難しさがあります。
「中国資本が何%入っているか」という数字だけなら明確に線引きできますが、その株主が実際に経営や車両データ、ソフトウェア開発へどれほど影響力を持っているのかは企業によって大きく異なります。
メルセデスの場合、中国企業が約20%を保有しているからといって、中国メーカーと同じ安全保障上のリスクがあると判断するのは少々乱暴でしょう。
「15%」から「25%」への引き上げも検討
そこでメルセデス側は、規制対象となる中国資本比率の基準を15%から25%へ引き上げるよう働きかけています。
25%になれば、現在約20%の中国系資本を抱えるメルセデスは規制対象から外れるため、株主構成そのものを変更する必要がありません。
一方、法案を主導する共和党のバーニー・モレノ上院議員も、そもそもメルセデスを米国市場から排除することが法案の目的ではないとしており、適用除外や免除制度によって対応する案を示しています。
実際、モレノ氏は最終的な法案ではメルセデスが対象から外れる方向で調整する考えを示しており、現時点では「メルセデスが米国から追放される」という可能性はかなり低くなっています。
アストンマーティンやロータスにも影響する可能性
ただし、この問題はメルセデスだけではありません。
中国資本が世界の自動車産業へ深く入り込んだ現在、アストンマーティンやロータス、ボルボ、ポールスターなど、中国企業との資本関係を持つメーカーは少なくありません。
特にGeelyは中国国内だけで完結する自動車メーカーではなく、世界各国のブランドへの出資や買収を積極的に進めてきました。
そのため「中国企業が15%以上保有している」という単純な条件を設ければ、本来想定していた中国メーカー以外にも規制の網が広がります。
共和党のランド・ポール上院議員もこの点を問題視しており、メルセデスなどまで巻き込む現在の規定に反対したことが、法案の採決が延期された理由のひとつになっています。
法案の採決は11月以降へ
この法案はすでに上院商務委員会を通過しており、超党派でかなり強い支持を得ています。
しかし、15%という出資比率をどのように扱うのかについて議員間の調整がまとまらず、上院での採決は2026年11月の中間選挙後まで持ち越されることになりました。
仮に現在の規定に近い形で成立したとしても、中国資本比率に関する規定には2030年までの猶予期間が設けられる見通しであり、メルセデスが突然米国で販売できなくなるわけではありません。
それまでに基準そのものが変更されるか、メルセデスに適用除外が認められる可能性が高いと考えられます。
問題は「中国車かどうか」ではなくなっている
今回の騒動で興味深いのは、「中国車とは何か」という境界線そのものが曖昧になっていることです。
ブランドの国籍を見るのか、本社所在地を見るのか、生産国を見るのか、ソフトウェアの開発国を見るのか、それとも株主構成を見るのか。
メルセデスはドイツ企業であり、米国でも車を生産しています。しかし、その株式の約20%を中国系投資家が保有しているため、今回の法案では規制対象になりかけました。
自動車メーカーの資本、部品、バッテリー、ソフトウェア、データが国境を越えて複雑につながる現在、「中国との関係があるか、ないか」という二択だけでメーカーを分類することはますます難しくなっています。
もちろん、安全保障の観点から中国製コネクテッドカーを警戒する米国の考えにも一定の合理性があります。一方で、資本比率だけを基準にすれば、実際には中国側が経営を支配していない企業まで排除する可能性があり、今回のメルセデス問題はまさにその典型例といえるでしょう。
メルセデスが実際に米国市場から締め出される可能性は低そうですが、今回の議論は今後、世界の自動車メーカーが「中国資本との距離」をどのように考えるのかにも影響を与えるかもしれません。
参考・出典:Motor1 / Reuters / AP / Roll Call




