フォードが隠していた「マスタング・ピックアップ」が初公開 市販されなかった謎のワンオフモデル、その正体とは

フォード・マスタングといえば、1964年の登場以来、アメリカを代表するスポーツカーとして独自の歴史を築いてきたモデルです。

クーペやコンバーチブルという姿を思い浮かべる人が多いでしょうが、実はフォード社内では、これまで数多くの「もうひとつのマスタング」が生み出されてきました。

そして今回、その歴史に新たな1台が加わりました。

長年フォード社内に保管され、ほとんど人目に触れることがなかった「マスタング・ピックアップ」です。

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S550マスタングを大胆にピックアップ化

今回明らかになった車両は、2015年から2023年まで販売されたS550世代のフォード・マスタングをベースとしています。

一見するとフロント部分は見慣れたマスタングですが、Bピラーより後ろへ目を移すと、その姿はまったく異なります。

本来ならファストバック形状のルーフからトランクへと流れていくはずのボディ後半が大胆に切り落とされ、代わりに荷台が設けられているのです。

つまり、スポーツカーであるマスタングを「Ute(ユート)」へと作り替えたモデルということになります。

Uteとは「Utility(ユーティリティ)」を由来とする呼び方で、乗用車をベースに後部へ荷台を設けたボディスタイルを指し、特にオーストラリアでは長年親しまれてきました。

実際、フォード自身もオーストラリア市場で「ファルコン Ute」を長年販売しており、マスタングとUteという組み合わせは奇抜に見えながらも、フォードの歴史から完全にかけ離れた発想というわけではありません。

市販化を目指したプロトタイプではなかった

これほど完成度の高い車両を見ると、「フォードは本気でマスタングのピックアップ版を市販しようとしていたのではないか」と考えたくなります。

しかし、この車両が作られた目的は商品開発ではありませんでした。

製作を担当したのは、フォードのExperimental Vehicles Building(EVB)にあるMetal Shopです。

フォードのU.S. Heritage Fleetを管理するMatt Korczyk氏によれば、このプロジェクトは見習い技術者たちに実践的な経験を積ませるために実施されたもので、通常のマスタングをベースに、職人たちの手作業によってワンオフのUteへと作り替えられました。

単なる教材として簡単な加工を施したわけではなく、製作には数百時間もの作業時間が投入されたとされており、若い技術者が金属加工や車体製作の技術を実車で学ぶための、本格的なトレーニングプロジェクトだったのです。

なぜ今まで知られていなかったのか

さらに興味深いのは、このマスタング Uteが完成後も長期間にわたって表舞台へ出てこなかったことです。

車両はフォードのExperimental Vehicles Building内部に保管されており、今回公開されたことで初めて施設の外へ姿を現したとされています。

現在はフォードのU.S. Heritage Fleetへ加えられており、フォードの歴史を記録する1台として保存されることになりました。

同コレクションには、市販車だけでなく過去に製作されたプロトタイプや実験車両も保存されており、1999年に製作されたV10エンジン搭載マスタングのプロトタイプなども存在します。

つまり今回のマスタング Uteも、単なる社内教材として処分されるのではなく、「フォードが実際に作ったもうひとつのマスタング」として歴史に残ることになります。

エンジンを搭載しているのかは不明

一方で、このマスタング Uteが実際に走行できるのかについては、現時点では明らかになっていません。

公開された写真を見るとフロント側の車高がやや高く見えることから、Autoblogはエンジンが搭載されていない可能性についても触れています。

そもそも市販化や走行試験を目的とした車両ではなく、金属加工などの技能習得を目的として製作されたため、完全な走行可能車として仕上げる必要はなかったとも考えられます。

パワートレインや車体構造、積載能力などについてもフォードから詳細なスペックは公開されておらず、現段階では「実用的なピックアップ」ではなく、あくまで実験的なワンオフモデルとして見るべきでしょう。

もし市販されていたら面白い存在だった

もっとも、このスタイルを見ていると「もし本当に販売されていたら」と想像したくなるのも事実です。

特にオーストラリアでは、フォード・ファルコン Uteやホールデン Uteのような高性能モデルが存在し、V8エンジンを搭載したスポーツカー顔負けのUteも長年支持されてきました。

そこへマスタングのデザインとV8エンジンを組み合わせたモデルが投入されていたとすれば、かなり個性的なクルマになっていたはずです。

もちろん今回の車両は市販化を前提としたものではなく、フォードが将来的なマスタング・ピックアップを開発していることを示すものでもありません。

それでも、現在のフォードが「Mustang Mach-E」というSUVタイプのEVにマスタングの名称を与えていることを考えれば、マスタングというブランドが必ずしも2ドアスポーツカーだけに限定される時代ではなくなっています。

60年以上の歴史で生まれた「もうひとつのマスタング」

実はフォードは、マスタングの60年以上に及ぶ歴史の中で、今回のUte以外にもさまざまなボディスタイルやメカニズムを検討してきました。

過去にはシューティングブレークや4ドアセダン、ミッドシップレイアウトなどの構想も存在し、さらにV10エンジンを搭載した実験車両など、量産モデルとは大きく異なるマスタングも作られています。

今回明らかになったマスタング Uteも、そうした「表舞台には出なかったマスタング」のひとつです。

しかも、市販化を検討したコンセプトカーではなく、次世代の技術者を育てるために作られたという背景を考えると、このクルマの価値は単なる珍しさだけではありません。

若い職人たちが数百時間を費やし、実際のマスタングを切り、加工し、ひとつの完成した車両へ仕上げる。その過程そのものが、このクルマの本当の目的だったのでしょう。

そして長年フォードの施設内に眠っていたその1台が、今度はHeritage Fleetの一員として保存されることになりました。

市販されることのなかった「マスタング・ピックアップ」は、フォードの自由な発想だけでなく、自動車メーカーを支える職人技術の継承を象徴する、非常に興味深い1台と言えそうです。

参考・出典:Autoblog / Ford Authority / Matt Korczyk(Ford U.S. Heritage Fleet)

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この記事を書いた人

メルセデス・ベンツ正規ディーラーを中心に、自動車業界で10年以上の経験を持つ筆者。販売現場で培った経験をもとに、高級車・新型車を中心とした自動車情報を独自の視点で発信しています。

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