約4.7億円のポルシェ911。Singer「DLS Turbo」に現れたアメジストの怪物

Singer Vehicle Designが手掛けるポルシェ911のレストモッドは、もはや「古い911を現代的に改良する」という言葉だけでは説明できない領域に達しています。

その象徴ともいえるのが「DLS Turbo」です。

今回公開された一台は、深みのあるアメジストのボディカラーに、ボーンカラーのレザーインテリアを組み合わせた極めて個性的な仕様。価格は明らかにされていませんが、DLS Turboは約300万ドル級ともいわれており、現在の為替で換算すれば約4億7,400万円という、一般的なスーパーカーすら霞む世界です。

しかし、このクルマの価値は単純な最高出力や価格だけでは測れません。Singerが目指しているのは、1970年代のレーシングポルシェが持っていた荒々しさと、現代の技術、そしてオーナー個人の美意識を、一台の911へ凝縮することだからです。

目次

964から生まれ変わる「DLS Turbo」

DLS Turboのベースとなるのは、空冷911のType 964です。

Singerはオーナーから預かった964を一度徹底的に分解し、スチール製モノコックまで戻したうえで状態を確認。シャシーを補強し、そこへ軽量なカーボンファイバー製ボディを組み合わせていきます。

デザインのモチーフとなったのは、1970年代後半に活躍したポルシェ934.5。巨大なフェンダーやワイドなリアセクション、大型リアウイングといったレーシングカーの要素を取り込みながら、それを単なるレプリカではなく、現代の911として再構築しているところがSingerらしい部分です。

今回の個体では、アメジストと呼ばれる深い紫のボディカラーを採用。フロントにはカーボン製スプリッターや専用バンパー、LEDヘッドライトが備わり、リアへ目を移せば極端に張り出したリアフェンダーと巨大なウイング、カーボンディフューザーが圧倒的な存在感を放ちます。

さらにセンターロック式のマグネシウムホイールまで装着されており、964の面影を残しながらも、その中身はほぼ別物といっていいでしょう。

3.8リッター水平対向6気筒から710PS

SingerがDLS Turboのために開発したエンジンも、このクルマを特別な存在にしている大きな理由です。

Type 964のエンジンをベースとした3.8リッター水平対向6気筒には、可変タービンジオメトリーを採用するツインターボを組み合わせ、水冷シリンダーヘッドと空冷シリンダーという独特の構成を採用しています。

最高出力は710HP(約720PS)、最大トルクは750Nmに達しながら、レッドラインはなんと9,000rpmです。

項目Singer DLS Turbo
ベース車両Porsche 911 Type 964
エンジン3.8L 水平対向6気筒ツインターボ
最高出力710HP(約720PS)
最大トルク750Nm
レッドライン9,000rpm
トランスミッション6速MT
駆動方式後輪駆動
ボディカーボンファイバー
デザインモチーフPorsche 934.5

そして重要なのは、このパワーを6速マニュアルトランスミッションと後輪駆動で扱うことです。

現在の高性能911ではPDKや四輪駆動、ハイブリッドシステムなどによって巨大なパワーを効率よく路面へ伝える方向へ進化していますが、Singerはむしろ逆方向を選びました。

700PSを大きく超える水平対向6気筒を、自分でシフトしながら後輪だけで操る――。

ABSやトラクションコントロール、ESCといった現代的な安全技術は備えながらも、ドライバーと機械との距離を可能な限り縮めるという思想が、DLS Turboには貫かれています。

アメジストの外装以上に凄いインテリア

今回のDLS Turboで特に目を引くのがインテリアです。

カーボンファイバー製バケットシートにはボーンカラーのレザーが張られ、そこへ紫、グリーン、ブルーを使ったタータンチェックを組み合わせています。この生地はシートだけでなくドアパネルやダッシュボードにも使われ、アメジストのボディカラーとの統一感を生み出しています。

さらに後席部分には大型のX字型クロスブレースを配置し、それすら同系色のレザーで仕上げるという徹底ぶりです。

普通であれば軽量化のためにむき出しにされるような構造部品まで「デザインの一部」に変えてしまうあたりに、Singerが単なるチューナーではないことが表れています。

約3百万ドル。それでもSingerを選ぶ理由

Singerは個々のDLS Turboについて正式な一律価格を設定しておらず、オーナーの仕様によって費用が変わります。

ただし、2026年にはDLS Turboが約300万ドル級(約4億7,400万円)として紹介されており、RM Sotheby’sに登場した「Sepang Commission」には345万〜500万ドル、現在の為替換算で約5億4,500万〜7億9,100万円という評価額が付けられた例もあります。

ここまで来ると、比較対象は通常のポルシェ911ではありません。

フェラーリやランボルギーニの最新モデルはもちろん、一部の限定ハイパーカーまで視野に入ってくる価格帯です。それでもSingerを選ぶ顧客がいるのは、単純に「速いクルマ」を買っているわけではないからでしょう。

SingerのDLS Turboは、既製品として完成したクルマを購入するのではなく、自分が理想とする911をSingerとともに作り上げていくプロジェクトです。

ボディカラー、素材、ホイール、インテリア、細かな仕上げに至るまでオーナーの好みが反映されるため、完成した一台には同じ仕様がほぼ存在しません。

最新の911 Turbo Sとは正反対の魅力

興味深いのは、DLS Turboの性能が現代の911 Turbo Sに迫るほど高くなりながら、両車がまったく違う方向を向いていることです。

最新の911は電子制御やハイブリッド技術を駆使し、猛烈な速度を誰でも扱いやすくする方向へ進化しています。

一方のDLS Turboは、Type 964という数十年前の911を出発点に、6速MT、後輪駆動、9,000rpmまで回るツインターボエンジンという組み合わせで、ドライバー自身がクルマを操る感覚を最大限残しています。

つまりSingerが作っているのは「最新の911より速い964」ではありません。

もし1970年代のポルシェ934.5の精神が途切れることなく進化し、現代の技術と最高峰のクラフトマンシップを手に入れていたら、どんな911になっていたのか――DLS Turboは、その問いに対するSingerなりの答えなのだと思います。

約5億円という価格だけを見れば途方もないクルマですが、世界中に存在する無数の高級車の中から「自分だけの一台」を求める人にとっては、フェラーリやランボルギーニを何台も所有することより、このアメジストの911をガレージに迎えることのほうが特別なのかもしれません。

参考・出典:Carscoops / Singer Vehicle Design / RM Sotheby’s / Top Gear / 日本銀行

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この記事を書いた人

メルセデス・ベンツ正規ディーラーを中心に、自動車業界で10年以上の経験を持つ筆者。販売現場で培った経験をもとに、高級車・新型車を中心とした自動車情報を独自の視点で発信しています。

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