欧州では高い知名度を持つ一方、日本ではまだ「ダチア」という名前を聞いても、どのような自動車メーカーなのかピンとこない人も多いかもしれません。
そんなダチアが送り出す小型EV「Spring(スプリング)」を、まるでサーキットを走るホットハッチのような姿へ変身させた大胆なカスタム案が登場しました。
巨大なリアウイング、張り出したワイドフェンダー、低く構えた車高など、その姿だけを見れば強烈なパフォーマンスを秘めているように見えます。
しかし、ここにはひとつ大きな問題があります。
新型Springの最高出力は82PSしかないのです。
そもそも「ダチア」とは何なのか?
ダチア(Dacia)はルーマニアをルーツとする自動車ブランドで、現在はルノー・グループの傘下にあり、「必要なものを、手の届きやすい価格で提供する」という考え方をブランドの中心に据えています。
日本では正規販売されていないため馴染みが薄いものの、欧州では決してマイナーなメーカーではありません。
特に「Sandero(サンデロ)」や「Duster(ダスター)」などは欧州市場で大きな存在感を持っており、豪華な装備や過剰な性能を競うのではなく、実用性や耐久性、そして価格とのバランスを徹底的に追求することで支持を集めてきました。
現在のダチアを理解するうえで重要なのが、ルノー・グループの技術やプラットフォームを活用しながら、装備や設計を合理化することで価格を抑えている点です。
つまり単純な「安いクルマ」というよりも、必要な部分にはしっかりコストを掛けながら、不要と判断した部分を徹底的に削ぎ落とすメーカーと考えたほうが分かりやすいでしょう。
そして、その哲学をEVへ持ち込んだモデルが「Spring」です。
初代Springは2021年に登場し、手頃な価格でEVを所有できるモデルとして人気を獲得。2026年に発表された新型では、ルノー・グループの新しいEV用プラットフォームを採用するとともに、生産拠点もスロベニアへ移されました。
ダチアによれば、Springは2021年の登場から40カ国以上で21万台以上が販売されており、新型についても全グレードを2万ユーロ未満に設定する方針です。
高性能化や大型化が進む現在のEV市場とは、かなり異なる方向を向いているモデルなのです。
そのSpringをまさかの「ホットハッチ化」

そんな合理性の塊ともいえるSpringに目を付けたのが、ドイツのCarpoint GmbHです。
同社はダチア・Dusterなどのカスタマイズでも知られており、今回は新型Springをベースとした非常に過激なカスタム仕様のレンダリングを公開しました。
フロントには巨大なスプリッターとカナードが追加され、標準車のシンプルなバンパーとはまったく異なる表情になっています。
サイドへ目を移すと、大きく張り出したワイドフェンダーとサイドスカートが装着され、さらに標準車よりはるかに大径のホイールを組み合わせることで、コンパクトなシティEVだったSpringが一気にモータースポーツマシンのような雰囲気へ変貌しています。
車高も大幅に下げられており、トレッドも拡大されているように見えるため、正面だけでなく後方から見ても非常にワイドなスタンスです。
そして最大の見どころがリアでしょう。
ルーフには車体サイズに対して明らかに巨大なリアウイングが取り付けられ、その下には大型ディフューザーとF1マシンを思わせるセンターブレーキランプまで配置されています。
もはや「少しスポーティなSpring」というレベルではなく、TCRマシンを思わせるほど大胆な仕上がりです。
見た目はレーシングカー、しかし最高出力は82PS

ここまで外観を変えると、当然ながら期待したくなるのがパワートレインです。
ところが新型Springに搭載される電気モーターの最高出力は82PS、最大トルクは175Nmに留まります。
0-100km/h加速は12.1秒、最高速度も130km/hに制限されており、日常の移動手段として考えれば十分である一方、この外観から想像するような高性能EVとは明らかに異なります。
| 項目 | 新型Dacia Spring |
|---|---|
| パワートレイン | 電気モーター |
| 最高出力 | 82PS |
| 最大トルク | 175Nm |
| バッテリー | 27.5kWh LFP |
| 駆動方式 | 前輪駆動 |
| 0-100km/h加速 | 12.1秒 |
| 最高速度 | 130km/h |
| WLTP航続距離 | 最大250km |
| DC急速充電 | 最大50kW |
| 価格 | 全グレード2万ユーロ未満を予定 |
むしろ、この圧倒的な見た目と82PSというギャップこそが、今回のカスタム案最大の面白さなのかもしれません。
EVチューニングが抱える「パワーアップ」という壁
ガソリン車であれば、ECUの書き換えやターボチャージャー、吸排気系などに手を加えることで、外観に合わせてエンジン出力を引き上げるという方法があります。
一方でEVの場合は事情が異なります。
モーターだけではなく、インバーターやバッテリー、冷却システム、制御ソフトウェアなどが密接に関係しているため、従来のエンジン車ほど簡単に「チューニングで出力アップ」とはいきません。
そのためCarscoopsも、これほど過激な外観に対して標準の82PSという性能が大きな問題になると指摘しています。
仮にこのスタイルのまま200PS、あるいはそれ以上のモーターを搭載できれば、軽量なボディと組み合わせた非常に面白い電動ホットハッチになりそうですが、それを実現するには単純なモーター交換以上の大掛かりな開発が必要になるでしょう。
そもそもボディキットだけで相当な金額になりそう
もうひとつ問題になるのが価格です。
ダチアは新型Springについて、欧州で全グレードを2万ユーロ未満に設定するとしています。
つまりSpring最大の武器は、EVでありながら購入しやすい価格にあります。
ところが今回のようなワイドボディキット、大径ホイール、サスペンション、エアロパーツなどを実際に商品化すれば、数千ユーロ規模の追加費用が発生しても不思議ではありません。
「安くて実用的なEV」を購入するユーザーが、車両価格のかなりの割合に相当する費用をカスタムへ投入するのかという疑問は残ります。
ただし、だからこそ面白いともいえます。
合理性を極限まで追求したクルマに、合理性とは正反対ともいえる巨大なウイングやワイドフェンダーを装着する。そのアンバランスさが、Springを他にはない一台へ変えているからです。
現時点ではAIによるレンダリング
残念ながら、このSpringがすぐに購入できるわけではありません。
Carpointが公開したものは現時点ではAIを利用して制作されたレンダリングであり、実車用ボディキットとして正式に発売されたものではありません。
ただ、Carpointはこれまで「Redust」ブランドを通じてダチア車のカスタムパーツを手掛けてきた実績があります。
今回の反響次第では、何らかの形で実際の商品へ発展する可能性も完全には否定できないでしょう。
82PSだからこそ、このSpringは面白い
新型Dacia Springは、最高出力82PS、航続距離最大250kmという数字からも分かる通り、そもそも速さを追求して開発されたEVではありません。
毎日の通勤や買い物といった用途をできるだけ低コストで電動化することが、このクルマ本来の役割です。
そこへ巨大なリアウイングとワイドフェンダーを取り付け、まるでレーシングカーのような姿に仕立てるという今回のアイデアは、ある意味ではダチアの哲学と正反対にあります。
しかし、現在の自動車市場では高性能EVの最高出力が数百PS、場合によっては1,000PSを超えることさえ珍しくなくなりました。
だからこそ、82PSしかない小さなEVをここまで本気の姿に変えてしまうという発想には、スペック競争とは違った楽しさがあります。
実車がこのまま登場する可能性はまだ分かりませんが、「速くないクルマを格好良く楽しむ」という昔ながらのカスタム文化がEV時代にも残っていくのであれば、こんなSpringが街を走っている未来も悪くないのではないでしょうか。
参考・出典:Carscoops / Dacia / Renault Group

