高級時計というと、かつてはゴールドやプラチナといった貴金属を使ったドレスウォッチが中心でした。しかし現在の時計市場を見渡してみると、コレクターから圧倒的な支持を集めているのは、意外にも実用素材である「ステンレススチール」を使ったスポーツウォッチです。
その流れを決定づけた時計は何だったのでしょうか。
海外時計メディア「Haute Time」が選んだ「史上最高のスチール製スポーツウォッチ5選」には、オーデマ ピゲ ロイヤル オーク、パテック フィリップ ノーチラス、ロレックス サブマリーナー、ロレックス デイトナ、そしてヴァシュロン・コンスタンタン オーヴァーシーズという、時計好きなら一度は憧れる名作が並びました。
今回は、この5本がなぜ時計史に残る存在となったのか、それぞれの歴史と特徴を見ていきます。
1. オーデマ ピゲ ロイヤル オーク

1972年に登場したオーデマ ピゲ「ロイヤル オーク」は、現代のラグジュアリースポーツウォッチというジャンルを語るうえで欠かすことのできない存在です。
デザインを手掛けたのは、時計デザインの巨匠ジェラルド・ジェンタ。八角形のベゼルに8本のビスを露出させ、ケースからブレスレットまでが一体となったようなデザイン、さらに「タペストリー」と呼ばれる特徴的な文字盤を組み合わせました。
現在では誰もが知るデザインですが、1972年当時、高級時計にステンレススチールを使用し、しかも多くのゴールドウォッチを上回る価格を設定するという発想は極めて異例でした。
しかし、その常識破りのコンセプトこそが時計業界を変えていきます。
現在の「ロイヤル オーク “ジャンボ” エクストラ シン」Ref.16202STは39mmのケースを採用し、オリジナル5402の雰囲気を色濃く残しながら、現代的な自動巻きキャリバー7121を搭載しています。
単に高価なステンレスウォッチなのではなく、「ステンレスそのものを高級素材として成立させた時計」と考えると、ロイヤル オークの歴史的な重要性がよく分かります。
2. パテック フィリップ ノーチラス

ロイヤル オークの登場から4年後となる1976年、パテック フィリップから「ノーチラス」が登場しました。
こちらもデザインを担当したのはジェラルド・ジェンタです。
船の舷窓を思わせるケース、左右に張り出した特徴的な形状、丸みを帯びた八角形ベゼル、そして横方向にエンボス加工された文字盤など、ロイヤル オークとは異なる方法でラグジュアリースポーツウォッチを表現しました。
特にステンレス製Ref.5711は、近年の高級時計市場を象徴する存在となりましたが、2021年に生産終了。現在のノーチラスの中心となっているRef.5811/1Gはホワイトゴールド製となっています。
つまり、現在はノーチラスの基本モデルにステンレス仕様が存在しません。
それだけに、過去のスチール製ノーチラスは時計史においてさらに特別な存在になったともいえるでしょう。
ロイヤル オークとノーチラス、この2本を同じデザイナーが生み出したという事実も、ジェラルド・ジェンタという人物の影響力の大きさを物語っています。
3. ロレックス サブマリーナー

1953年に誕生したロレックス「サブマリーナー」は、ロイヤル オークやノーチラスとは少し異なる成り立ちを持っています。
サブマリーナーは最初からラグジュアリーウォッチとして生まれたわけではなく、本来はダイバーのための実用時計でした。
回転ベゼル、高い視認性、防水性能など「水中で時間を正確に把握する」という明確な目的から生まれた機能が、そのままサブマリーナーのデザインになっています。
現在のサブマリーナー デイトは41mmのオイスタースチールケース、セラクロム製セラミックベゼル、クロマライト夜光、約70時間のパワーリザーブを持つCal.3235を搭載し、防水性能は300mに達します。
興味深いのは、70年以上にわたり基本的なデザインが大きく変わっていないことです。
スーツにもTシャツにも合わせることができ、海にも持ち込める。一本の時計を長く使いたいという人にとって、これほど完成された選択肢はなかなかありません。
4. ロレックス コスモグラフ デイトナ

1963年に誕生した「コスモグラフ デイトナ」もまた、現在の人気からは想像できない歴史を持っています。
モータースポーツ向けクロノグラフとして誕生したものの、初期のデイトナは決して爆発的に売れていた時計ではありませんでした。
その評価を大きく変えた人物のひとりが俳優ポール・ニューマンです。
彼が愛用していたことで知られる「ポール・ニューマン」ダイヤルのデイトナは後にコレクターズアイテムとなり、本人が所有していた個体は2017年のオークションで1,775万ドルという驚異的な価格で落札されました。
現行のステンレスモデルRef.126500LNは40mmのオイスタースチールケースにブラックのセラクロムベゼルを組み合わせ、自社製Cal.4131を搭載します。
レーシングクロノグラフとしてのルーツを残しながら、高級時計としての仕上げや日常での使いやすさまで成立させていることが、デイトナの大きな魅力でしょう。
5. ヴァシュロン・コンスタンタン オーヴァーシーズ

今回選ばれた5本の中で最も歴史が新しいのが、1996年に誕生したヴァシュロン・コンスタンタン「オーヴァーシーズ」です。
ロイヤル オークやノーチラスほど長い歴史を持つモデルではありませんが、現在ではラグジュアリースポーツウォッチを代表する一本として確固たる地位を築いています。
特徴的なのは、ブランドの象徴であるマルタ十字をモチーフとしたベゼルとブレスレットデザインです。
現行の自動巻きRef.4520Vは41mmケースを採用し、約60時間のパワーリザーブを持つ自動巻きCal.5100を搭載。さらに150m防水を確保しており、高級時計でありながら実用性にも優れています。
そしてオーヴァーシーズ最大の特徴のひとつが、工具を使わずに交換できるストラップシステムです。
ステンレスブレスレットに加えてレザーとラバーのストラップが用意され、一つの時計で大きく雰囲気を変えられます。
ロイヤル オークやノーチラスとはまた違った方向から「高級時計とスポーツウォッチの融合」を完成させたモデルといえるでしょう。
5本の基本スペックを比較
| モデル | 誕生年 | 代表的なケースサイズ | 素材 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| オーデマ ピゲ ロイヤル オーク | 1972年 | 39mm | ステンレススチール | ラグジュアリースポーツの先駆者 |
| パテック フィリップ ノーチラス | 1976年 | 41mm※現行5811 | ホワイトゴールド※現行 | ジェンタによる歴史的デザイン |
| ロレックス サブマリーナー デイト | 1953年 | 41mm | オイスタースチール | 300m防水のダイバーズウォッチ |
| ロレックス コスモグラフ デイトナ | 1963年 | 40mm | オイスタースチール | モータースポーツ系クロノグラフ |
| ヴァシュロン・コンスタンタン オーヴァーシーズ | 1996年 | 41mm | ステンレススチール | 交換式ストラップと150m防水 |
※ノーチラス5811/1Gは現行モデルがホワイトゴールド製のため、現在のラインアップに同等のステンレスモデルはありません。
「高級時計=ゴールド」という常識を変えた5本
今回選ばれた5本を並べてみると、同じ「スチール製スポーツウォッチ」でありながら、その成り立ちはかなり違います。
ロイヤル オークは高級時計にステンレスを持ち込むことで常識を覆し、ノーチラスはその考え方をパテック フィリップらしいエレガンスへ昇華しました。一方、サブマリーナーとデイトナはプロフェッショナル向けの実用時計から世界的な高級時計へと成長し、オーヴァーシーズは高級時計の仕上げと現代的な使いやすさを高い次元で融合しています。
かつてステンレスは、ゴールドやプラチナよりも安価な「実用素材」でした。
しかし現在では、ステンレスだからこそ価値を持つ時計が存在し、一部のモデルでは貴金属仕様を上回る人気を集めることさえあります。
素材そのものの価格ではなく、デザイン、歴史、希少性、ブランド、そして時計としての完成度によって価値が決まる——今回の5本は、現代の高級時計市場を象徴する存在といえるでしょう。
参考・出典:Haute Time



