メルセデス・ベンツの長い歴史には数多くの高性能モデルが存在しますが、その中でも特別な存在として語り継がれている一台が、W124型をベースとした「500E」、そして後に車名を変更した「E500」です。
一見すると当時のメルセデスらしい端正な4ドアセダンでありながら、そのボンネットの下には5.0リッターV8エンジンを搭載し、最高出力326PSを発生。さらに開発と生産には、あのポルシェが深く関わっていました。
派手なエアロパーツや巨大なリアスポイラーで速さを主張するのではなく、「分かる人にだけ分かる」という控えめな姿のまま、当時のスポーツカーに匹敵する性能を手に入れた500E/E500は、現在につながるメルセデスAMGの高性能スポーツセダンとはまた違った魅力を持っています。
誕生から30年以上が経過した現在でも高く評価される500E/E500とは、一体どのようなクルマだったのでしょうか。
すべての始まりはW124

500EのベースとなったW124は、1984年に登場したメルセデス・ベンツのミドルクラスモデルです。
現在のEクラスにつながる世代ですが、登場当初はまだ「Eクラス」という名称は使われておらず、300Eや230Eといった排気量を中心とした車名が与えられていました。
W124は高いボディ剛性や優れた高速安定性、耐久性などによってメルセデスの黄金期を象徴するモデルのひとつとなりましたが、1990年、そのW124に従来とはまったく異なるトップモデルが加わります。
それが「500E」です。
メルセデスはW124のコンパクトなボディに、当時のSLであるR129型500SLに搭載されていた5.0リッターV8「M119」を組み合わせるという、非常に大胆な計画を進めました。
しかし、単純に大排気量エンジンを載せれば完成するという話ではありません。V8エンジンを収めるための車体設計はもちろん、それに見合った冷却性能、ブレーキ、サスペンション、ボディなどを総合的に作り直す必要がありました。
そこで重要な役割を果たしたのがポルシェです。
なぜポルシェが500Eを作ったのか

500Eについて「ポルシェが作ったメルセデス」と表現されることがありますが、これは単なる噂ではありません。
当時のダイムラー・ベンツはR129型SLやW140型Sクラスなどの開発を進めており、自社の開発リソースが逼迫していました。そこで1980年代末、500Eの開発パートナーとしてポルシェに協力を依頼します。
ポルシェはW124へ5.0リッターV8を搭載するための車体設計や試験開発に参加し、さらに500Eの生産にも携わることになりました。
しかも、その生産工程は現在では考えにくいほど手間のかかるものでした。
メルセデスのジンデルフィンゲン工場からボディ部品をポルシェのツッフェンハウゼンへ送り、ポルシェでボディを組み立てた後、塗装のため再びジンデルフィンゲンへ戻します。そして塗装されたボディをもう一度ツッフェンハウゼンへ運び、ポルシェで最終組み立てを行うという工程です。
つまり、500Eは完成するまでにメルセデスとポルシェの工場を何度も行き来していました。
この複雑な工程には約18日を要したとされ、大量生産される通常のW124とは明らかに異なる存在だったことが分かります。
ワイドフェンダーには理由があった

500Eを通常のW124と並べて見ると、最も分かりやすい違いが前後のフェンダーです。
大きく張り出したフェンダーによって全幅が拡大されているほか、車高も低く設定され、フロントバンパーも専用品となっています。
しかし、そのデザインは驚くほど控えめです。
現在のAMGモデルであれば、大型グリルやエアインテーク、スポイラー、4本出しマフラーなどによって高性能モデルであることを積極的に表現しますが、500Eにはそうした分かりやすい演出がほとんどありません。
少し車高が低く、フェンダーが張り出している。
知識がなければ、それだけのW124に見えてしまいます。
しかし、その控えめなボディの下には当時のメルセデスが持っていたスポーツカー級のメカニズムが詰め込まれていました。
5.0リッターV8「M119」を搭載
500Eの心臓部となったのは、500SLにも採用されていたM119型V8エンジンです。
| 項目 | 500E/E500 |
|---|---|
| エンジン | 5.0L V型8気筒 DOHC |
| エンジン型式 | M119 |
| 最高出力 | 326PS |
| 最大トルク | 480Nm |
| トランスミッション | 4速AT |
| 駆動方式 | FR |
| 0-100km/h加速 | 約6.1秒 |
| 最高速度 | 250km/h(電子制御) |
| 乗車定員 | 4名 |
240kW(326PS)、最大トルク480Nmを発生し、4速ATを介して後輪を駆動。0-100km/h加速は約6.1秒、最高速度は電子制御によって250km/hに制限されていました。
現代の高性能車と比較すれば数字だけで驚くほどではありませんが、1990年代初頭の4ドアセダンとして考えれば非常に高い性能です。
しかも500Eが目指したのは、単純な加速性能だけではありませんでした。
高速道路を長距離走っても快適でありながら、アクセルを踏み込めばスポーツカーのような性能を発揮するという、メルセデスらしい高速ツアラーとして仕上げられていたのです。
実は「5人乗り」ではなく4人乗り
500Eには、通常のW124とは異なる意外な特徴があります。
それが4人乗りであることです。
大型化されたデファレンシャルなどの影響によって後席中央部分に通常のシート構造を配置するスペースが確保できず、リアシートは左右独立に近い形状となりました。
結果として、実用的な4ドアセダンでありながら乗車定員は4名。
こうした部分にも、一般的なW124とは異なる500Eの特殊性が表れています。
「500E」と「E500」は何が違う?
中古車市場では「500E」と「E500」という2種類の名称を見ることがありますが、基本的には同じW124型の5.0リッターV8モデルです。
大きな理由は、1993年に行われたメルセデス・ベンツの車名体系変更です。
それまで「500E」と呼ばれていたモデルは、W124が正式に「Eクラス」と呼ばれるようになったことに合わせて「E500」へ名称を変更しました。
同時期にはW124自体にも後期型への変更が行われ、フロントマスクなどにも手が加えられています。
そのため500EとE500はまったく別のモデルというより、前期・中期の「500E」に対し、後期型が「E500」と理解すると分かりやすいでしょう。
500E/E500はAMGではない
現在の感覚で326PSのEクラスと聞けば「AMG」を想像しますが、500E/E500はAMGモデルではありません。
ここが、このクルマの面白いところでもあります。
当時のAMGは現在のようにメルセデス・ベンツの完全子会社ではなく、独立したチューナーとして活動していました。そのため500Eは、メルセデス・ベンツとポルシェによって作り上げられた高性能モデルという、現在ではまず成立しないような成り立ちを持っています。
そして、この500E/E500をさらに発展させたモデルが存在します。
それが「E60 AMG」です。
さらに上が存在した「E60 AMG」

E60 AMGではM119型V8の排気量を約6.0リッターまで拡大し、最高出力は381PS(280kW)に到達しました。
500Eですら当時としては驚異的な性能でしたが、E60 AMGはそれをさらに上回る存在であり、後のE55 AMGやE63 AMGへと続く高性能Eクラスの源流のひとつとして見ることもできます。
生産台数も少なく、現在では500E/E500以上に希少なコレクターズモデルとなっています。
わずか500台の「E500 Limited」

そしてE500には、もうひとつ忘れてはいけないモデルがあります。
1994年に登場した「E500 Limited」です。
その名称通り500台のみが設定された特別仕様車で、専用の内外装などによって通常のE500との差別化が図られました。
特徴的なのが、190E 2.5-16 Evolution IIを思わせる6本スポークデザインのホイールです。
ボディカラーにはサファイアブラックとブリリアントシルバーが用意され、インテリアにも特別なレザーが採用されるなど、W124型500E/E500の最終章を飾るにふさわしい仕様となっていました。
2026年にはメルセデス・ベンツ自身も、最後に生産されたE500 Limitedを「Youngtimer」の展示車両として紹介しており、現在ではブランド自身がその歴史的価値を認める存在となっています。
生産台数はわずか1万台あまり
500E、E500、そしてE60 AMGを含む生産台数としてメルセデス・ベンツが公表している数字は10,479台です。
W124シリーズ全体では200万台以上が生産されていることを考えると、その希少性がよく分かります。
さらに500E/E500は特殊な生産工程を採用していたため、一般的なW124のように生産台数を大幅に増やすことも困難でした。
大量生産を前提としたモデルではなく、メルセデスとポルシェが時間をかけて作り上げた高性能セダンだったのです。
なぜ500E/E500は今も「名車」と呼ばれるのか
500E/E500の魅力を最高出力326PSという数字だけで説明することはできません。
現代では、2.0リッター4気筒ターボでも同等以上の出力を発生するクルマがあります。しかし、500Eが特別なのは、その性能をどのように実現したのかという背景にあります。
W124というメルセデスを代表する堅牢なセダンに、500SL譲りの自然吸気V8を搭載し、そのために車体を作り直し、ポルシェが開発だけでなく生産にまで関与する。
それでいて完成したクルマは、派手に性能を主張しません。
ワイドフェンダーを除けば普通のW124にも見えるボディのまま、アウトバーンでは250km/hに到達できる性能を秘めていました。
この「圧倒的な性能を、あえて見せびらかさない」という思想こそ、500E/E500最大の魅力ではないでしょうか。
現代では生まれにくい「メルセデス×ポルシェ」という奇跡
500Eが誕生した背景には、当時のメルセデスとポルシェそれぞれの事情もありました。
メルセデス側には高性能なW124を開発したいという狙いがある一方で、大型プロジェクトを複数抱えていました。そしてポルシェ側にとっても、500Eの開発・生産受託は当時の工場や開発部門の稼働を確保する重要なプロジェクトでした。
そうした両社の事情が重なった結果、「メルセデスのセダンをポルシェが開発し、ポルシェの工場で組み立てる」という異例のプロジェクトが実現しました。
現在の自動車産業ではプラットフォームやエンジンをメーカー間で共有すること自体は珍しくありませんが、500Eのように2社の個性がこれほど明確に融合し、しかも複雑な工程を経て少量生産されるクルマが誕生する可能性は高くありません。
だからこそ500E/E500は、単なる「昔の速いメルセデス」ではなく、1990年代だからこそ実現できた特別な一台として語り継がれているのでしょう。
500E/E500は、メルセデス史に残る究極のスポーツセダン
現在のメルセデスには、AMGによる非常に高性能なモデルが数多く存在します。
しかし500E/E500には、それらとは異なる魅力があります。
5.0リッター自然吸気V8、後輪駆動、4速AT、そしてポルシェとの共同開発・生産という成り立ち。そのすべてを、W124らしい控えめで端正なボディの中に収めています。
スペックを誇示するのではなく、必要な人だけがその性能を知っている。
500E/E500が登場から30年以上を経ても世界中の愛好家を惹きつけ続けている理由は、この徹底した「アンダーステートメント」にあるのかもしれません。
メルセデスとポルシェというドイツを代表する2つのメーカーが、それぞれの技術を持ち寄って生み出したW124の最高峰。
500E、そしてE500は、これからもメルセデス・ベンツ史を代表する名車の一台として語り継がれていくでしょう。
参考・出典:Mercedes-Benz Media / Porsche Newsroom




