ポルシェが、これまで進めてきた電動化戦略を大きく見直しています。
ただし、それは「EVを諦めてガソリン車へ戻る」という単純な方向転換ではありません。2026年1月にポルシェCEOへ就任したミヒャエル・ライターズ氏が目指しているのは、EVと内燃機関のどちらか一方に賭けるのではなく、顧客が求めるパワートレインを用意しながら、ポルシェというブランドの収益性と魅力を取り戻すことです。
そして、その新しい戦略を象徴する存在が911です。
ライターズ氏は911について、完全電気自動車にはしない方針を明確にしており、ポルシェを象徴する水平対向エンジンのスポーツカーは、電動化が進む時代においても内燃機関を中心に進化を続けることになります。
「EV懐疑派ではない」新CEOミヒャエル・ライターズ

ライターズ氏は、ポルシェのEV戦略を修正していることから「EVに否定的なCEO」と見られることもありますが、本人はそうした見方を否定しています。
実際、ポルシェはEV開発そのものを止めるわけではありません。電動718の開発は継続され、カイエンにも完全電気自動車が用意されるなど、BEVは今後もブランドを構成する重要なパワートレインのひとつです。
一方で、これまでのように急速なEV移行を前提として商品計画を組むのではなく、内燃機関、ハイブリッド、EVを並行して展開する方向へと軌道修正しています。
つまりポルシェが変えたのは「EVを開発するかどうか」ではなく、「EVだけを将来の答えとするのか」という考え方なのです。
911は完全EVにしない
その中でも特に明確なのが911の扱いです。
ライターズ氏は911について完全電気自動車を設定しない方針を示しており、ポルシェが2026年6月に発表した「Strategy 2035」でも、911向けに開発されたパフォーマンスハイブリッドシステムを将来に向けた重要な技術として位置付けています。
現行911 Carrera GTSに導入された「T-Hybrid」はその代表例で、ポルシェは電動技術そのものを拒否するのではなく、水平対向エンジンを残しながら電動化を性能向上に利用する道を選んでいます。
これは911にとって非常に重要な意味を持ちます。
911は単なる高性能車ではなく、水平対向6気筒エンジンや独特のRRレイアウト、そして長年受け継がれてきたドライビングフィールまで含めてブランドを象徴する存在です。そのため、効率だけを理由に完全EVへ置き換えるのではなく、ハイブリッド技術を活用しながら内燃機関を存続させることが、ポルシェらしさを守る方法だと判断したのでしょう。
マカンには再びガソリンモデルが登場へ
さらに象徴的なのがマカンです。
現行の新世代マカンはEVとして登場しましたが、ポルシェは再び内燃機関を搭載するSUVをこのクラスへ投入する計画を進めており、2028年頃の登場が想定されています。
背景にあるのは、EV需要が当初の想定通りには拡大していないことです。
特に市場によって電動化の速度には大きな差があり、充電インフラや車両価格、ユーザーの嗜好まで考えれば、世界中のポルシェユーザーが同じタイミングでEVへ移行するとは限りません。
そのため、EVのマカンを維持しながら内燃機関を搭載するSUVも用意することで、顧客側に選択肢を戻すという考え方です。
カイエンもガソリン、PHEV、EVを並行展開
カイエンについても同様です。
完全電気自動車のカイエンが投入されても、既存の内燃機関モデルやプラグインハイブリッドモデルがすぐに姿を消すわけではありません。
ポルシェはカイエンとパナメーラについて、内燃機関およびPHEVを2030年代まで継続する方針を示しており、そこへカイエンEVが加わることで、ユーザーはガソリン、PHEV、EVという複数の選択肢から選べることになります。
これまで自動車業界では「内燃機関からEVへ置き換える」という一本道が描かれることが多かったものの、ポルシェはここへ来て、複数のパワートレインを長期間共存させる方向へ舵を切ったといえます。
718はEV開発を継続
一方、718 Boxster/Caymanについては電動化計画が継続されています。
ここが、今回のポルシェの戦略を理解するうえで重要なポイントでしょう。
911は内燃機関を維持し、718ではEVを開発、カイエンでは内燃機関、PHEV、EVを並行して展開するなど、モデルごとに最適なパワートレインを選択する方向へ変わっているからです。
つまり、「ポルシェ全車をEV化する」という考え方ではなく、「そのモデルにとって何がポルシェらしいのか」を基準にパワートレインを決める戦略へ変化していると考えられます。
EV戦略の修正には収益性という現実もある
もちろん、こうした戦略転換の背景にはブランド哲学だけでなく、経営上の事情もあります。
EVはバッテリーなどのコスト負担が大きく、内燃機関車と同等の利益率を確保することは簡単ではありません。さらにポルシェは中国市場で厳しい競争にさらされており、中国メーカーが開発スピードやコスト競争力を急速に高めていることも無視できません。
そこでライターズ氏が掲げている「Strategy 2035」では、販売台数をひたすら増やすことよりも、ブランド価値、希少性、そして収益性を重視する姿勢が打ち出されています。
ラインナップについても複雑化しすぎたとしてモデルバリエーションを整理し、ポルシェ本来のスポーツカーDNAへ改めて集中する方針です。
これは、急速な拡大から「ポルシェらしさを維持できる規模」へと会社そのものを再調整する動きともいえるでしょう。
ポルシェはEVから撤退するのではなく「選べるブランド」へ
今回の戦略を「ポルシェがEV戦略に失敗してガソリン車へ戻った」とだけ捉えてしまうと、本質を見誤ります。
確かに、かつて想定していたほど急速にEVへ移行しないことを認め、内燃機関車の商品計画を拡大しているのは事実です。しかし同時に、718やカイエンをはじめとしたEV開発そのものは続けています。
大きく変わったのは、パワートレインを企業側から一方的に決めるのではなく、市場や車種に合わせて複数の選択肢を残そうとしている点です。
そして、その中心にあるのが911です。
電動化技術を利用しながらも水平対向エンジンを守り、EVでなければ実現できない魅力を持つモデルにはEVを投入する。SUVでは市場に合わせて内燃機関やPHEVも残す――この柔軟性こそが、ライターズ体制のポルシェを特徴付けることになりそうです。
自動車業界全体が「いつEVへ完全移行するのか」という議論を続けてきたなかで、ポルシェが出した答えは意外にもシンプルでした。
EVか、ガソリンかではなく、ポルシェとして魅力的なクルマを作れるかどうか。
少なくとも911については、その答えにこれからも水平対向エンジンが含まれることになりそうです。
参考・出典:Motor1 / Porsche AG / Financial Times




