メルセデスはなぜ中国資本を受け入れたのか?「中国企業になった」という誤解を整理する

「今のメルセデスは中国資本だから、もう中国企業みたいなものだ」

「中国でベンツを作っているのだから、今のメルセデスは中国製だ」

SNSなどでは、こうした意見を目にすることがあります。

確かにMercedes-Benz Groupには現在、中国に関係する大株主が存在します。BAIC Group(北京汽車集団)が9.98%、中国の自動車大手Geelyを率いる李書福氏がTenaciou3 Prospect Investment Limitedを通じて9.69%を保有しており、合計すれば約19.7%です。

およそ2割という数字だけを見れば、「メルセデスにはかなりの中国資本が入っている」と感じるのも無理はありません。

しかし、ここで切り分けなければならないのが「株式を保有していること」「会社を支配していること」、そして「その会社の製品が中国製であること」は、それぞれまったく別の話だという点です。

さらに経緯をたどっていくと、現在の株主構成も「メルセデスが自ら会社の約20%を中国企業へ売却した」という単純なものではありません。

目次

Geely側の約9.7%はメルセデスが株式を売却したわけではない

まず知っておきたいのが、Geely創業者である李書福氏によるDaimler株取得の経緯です。

李氏は2018年、当時のDaimler AGの株式9.69%を取得し、一気に筆頭株主となりました。

ここだけを見ると、DaimlerがGeely側へ約10%の株式を売却したようにも感じられますが、実際にはそうではありません。

李氏側による株式取得によって9.69%の議決権を持つ大株主となったものであり、Daimler自身が保有株式の約10%をGeelyへ譲渡して傘下に入った、という構図ではないのです。

そして重要なのは、9.69%という大きな株式を持っていても、GeelyがMercedes-Benz Groupを買収したわけではないということです。

現在のMercedes-Benz Group AGは引き続きドイツ・シュトゥットガルトを本拠とする企業であり、Geelyの子会社でもありません。

Geelyはなぜ突然9.69%もの大株主になれたのか

ここで疑問になるのが、なぜ中国のGeely側がドイツを代表する企業であるDaimlerの株式を、一気に9.69%も取得できたのかという点です。

2018年当時、EU域外の投資家による一般的なドイツ企業への投資について、政府が安全保障などの観点から審査できる基準は原則として議決権25%以上でした。

つまり李書福氏側が取得したDaimler株9.69%は、この基準を大きく下回っていたのです。

実際、取得が明らかになった直後、ドイツ政府は9.7%という少数株主持分であることから、外国投資規制上の対応を取る必要はないとの見解を示しています。

そして、まさにこの部分で李書福氏側の株式取得は大きな議論を呼ぶこととなります。

銀行や投資会社などを利用して9.69%を構築

李書福氏側は、Daimler株への投資を進めるにあたり、銀行や投資会社などを介した複雑な取引を利用していました。

その結果、市場では巨大な株式取得の全貌が把握されないまま、2018年2月に李氏側が9.69%の議決権を持つことが明らかになります。

Daimlerが公表した正式な議決権通知でも、Tenaciou3 Prospect Investment Limitedを通じて1億361万9,340株、全議決権の9.69%を保有していたことが確認できます。

この発表はドイツ国内でも大きな驚きをもって受け止められました。

なぜならドイツの証券規制では、一定以上の議決権を取得した場合にはその事実を市場へ通知する義務があるからです。

その後、ドイツ政府は李氏側がDaimler株を取得する過程で、議決権に関する通知を適切な時期に行わなかったことを明らかにしています。

ドイツ連邦金融監督庁(BaFin)もこの問題を調査しました。

ドイツ政府にも衝撃を与えたDaimler株取得

李書福氏側による9.69%取得は、単なる一企業への投資にとどまらず、ドイツ国内で外国資本による自国企業への投資をどこまで認めるべきかという議論にも影響を与えました。

当時のドイツ政府は最終的にこの9.69%取得そのものを阻止しませんでしたが、中国企業によるドイツ企業への大型投資に対する警戒感は高まっていきます。

実際、2018年後半にはドイツ政府が外国投資審査制度の強化を進め、重要インフラなど一部の重要分野については、政府が介入できる基準を従来の25%から10%へ引き下げる動きにつながりました。

GeelyによるDaimler株9.69%取得だけが制度変更の理由だったわけではありませんが、中国企業によるドイツ企業への相次ぐ大型投資を受け、外国資本への警戒が強まっていた時期だったことは間違いありません。

その意味でも、現在のMercedes-BenzにGeely系資本が約9.7%入っていることを、

「Mercedes-Benzが自ら中国企業へ約10%を売却した」

と理解するのは正確ではありません。

むしろ実際の経緯を見ると、李書福氏側が市場を通じて大規模な株式ポジションを構築し、その結果としてDaimlerの大株主になったという性格が強いのです。

そして、その取得方法と情報開示をめぐっては、ドイツ当局からも問題を指摘されています。

BAICの約10%はGeelyとは事情が異なる

もう一つの中国系大株主であるBAIC Groupについては、Geely側とは少し事情が異なります。

Mercedes-BenzとBAICの関係は古く、中国でMercedes-Benzを生産するBeijing Benz Automotive、いわゆる北京ベンツ(BBAC)を通じて長年にわたり協力関係を築いてきました。

つまりBAICは、突然現れた投資家というよりも、中国市場でMercedes-Benzと事業を展開してきた重要なパートナーです。

そのため、BAICによる出資については長期的な中国事業における戦略的関係という側面が強く、李書福氏による株式取得とは分けて考える必要があります。

「中国資本約20%」という数字だけでは、この2つの背景の違いまでは見えてこないのです。

中国資本約20%=中国企業ではない

現在Mercedes-Benz Groupの大株主を見ると、BAIC Groupが9.98%、李書福氏が9.69%となっています。

合計すれば約19.7%ですが、反対に考えれば残る約80%はこの2者以外の株主が保有していることになります。

そして何より、株式の約20%を中国系株主が保有していることと、中国企業がMercedes-Benz Groupの経営権を握っていることは同じではありません。

Mercedes-Benz Group AGは現在もドイツに本拠を置く企業であり、BAICやGeelyに買収された企業ではありません。

したがって、

「メルセデスには中国資本が入っている」

という表現と、

「メルセデスは中国企業になった」

という表現の間には、大きな違いがあります。

前者は現在の株主構成から確認できる事実ですが、後者は企業の実態を正確に表しているとはいえません。

では中国で作られているメルセデスは何なのか

ここでもう一つ出てくるのが、「でも中国でメルセデスを作っているではないか」という疑問でしょう。

これは事実です。

北京ベンツ(BBAC)はMercedes-Benzの中国における乗用車生産拠点であり、現在では世界最大規模のMercedes-Benz工場へと成長しています。

CクラスLやEクラスL、GLC Lなど、中国市場のニーズに合わせたMercedes-Benzがここで生産されています。

しかし重要なのは、北京ベンツで生産される完成車は基本的に中国市場向けとして位置付けられているということです。

北京ベンツ自身も、現地生産EクラスLを「Made in China, for China」と表現してきました。

たとえばEクラスLは、中国市場で重視される後席空間を確保するためホイールベースを延長したモデルであり、GLC Lにも中国市場向けの7人乗り仕様などが設定されています。

つまり中国生産は、世界中で販売するMercedes-Benzを中国へ生産移管したというよりも、巨大な中国市場に向けた「現地生産」という性格が強いのです。

日本で販売されるメルセデスまで「中国製」になったわけではない

ここは日本のユーザーにとって、特に気になる部分かもしれません。

Mercedes-Benzが中国で大規模な完成車生産を行っていることは事実ですが、それを理由に「日本で販売されているメルセデスも中国製になった」と考える必要はありません。

北京ベンツで生産される完成車は基本的に中国市場をターゲットとしており、中国仕様として独自に開発されたロングホイールベースモデルなども数多く存在します。

Mercedes-Benzはドイツを中心として、米国、ハンガリー、中国など世界各地に生産拠点を持つグローバルメーカーであり、それぞれの工場が担当する車種や市場も異なります。

そのため「中国資本が約20%入ったからMercedes-Benzそのものが中国製品になった」という理解は、株主構成と生産体制という別々の話を混同しています。

中国で生産している理由は「中国のために中国で作る」こと

では、なぜMercedes-Benzはこれほど中国での生産を拡大しているのでしょうか。

理由の一つは、中国がMercedes-Benzにとって極めて重要な市場だからです。

中国には700万人を超えるMercedes-Benzユーザーが存在し、そのニーズも欧州とは異なります。

後席の広さを重視したロングホイールベース仕様をはじめ、デジタルサービス、快適装備、デザインなど、中国ユーザーの好みに合わせた専用開発も行われています。

2026年時点で北京ベンツでは14モデルを現地生産しており、2027年までには20モデルへ拡大する計画です。

これはMercedes-Benzが中国企業になったからではなく、巨大な中国市場に対して現地で開発・生産する「ローカライゼーション」を進めているからです。

自動車産業では、販売する市場の近くで生産すること自体は決して珍しいことではありません。

Mercedes-Benzが米国アラバマ州でもSUVを生産しているからといってMercedes-Benzが米国企業になるわけではないのと同様、中国に巨大工場があることと企業そのものの国籍は分けて考える必要があります。

中国との関係が深くなっていることは事実

もちろん、中国との関係が薄いと言いたいわけではありません。

むしろ現在のMercedes-Benzにとって中国は非常に重要な市場であり、BAICとの合弁事業に加えて、研究開発やAI、ソフトウェア、先進運転支援などでも中国企業との協力を深めています。

Mercedes-Benz自身も中国を重要なイノベーション拠点として位置付けています。

この点まで否定してしまえば、逆に現在のMercedes-Benzを正確に理解できなくなってしまいます。

重要なのは、中国市場への関与が深いことと「Mercedes-Benzが中国企業になった」という話を混同しないことでしょう。

中国資本、中国市場、中国生産。この3つは分けて考えるべき

Mercedes-Benzと中国の関係を理解するには、「中国資本」「中国市場」「中国生産」という3つを一緒にしないことが重要です。

中国系の大株主が約20%を保有している。

中国はMercedes-Benzにとって極めて重要な市場である。

そして中国市場向けのMercedes-Benzを中国国内でも生産している。

この3つはいずれも事実です。

しかし、それらをつなぎ合わせて「だからMercedes-Benzは中国企業になった」「今のMercedes-Benzは中国製品だ」とするのは話が飛躍しています。

特に完成車については、北京ベンツが長年掲げてきた考え方を表す「Made in China, for China」という言葉が、その性格を非常によく表しています。

中国で作り、中国のユーザーへ届ける。

それが中国におけるMercedes-Benzの現地生産の基本的な考え方です。

メルセデスは今もドイツのMercedes-Benzである

中国との関係が深くなったことは間違いありません。

中国系の大株主が存在し、中国に巨大な生産拠点を持ち、中国企業との技術協力も進めています。

しかし、Mercedes-Benz Group AGは現在もドイツ・シュトゥットガルトに本拠を置く企業であり、GeelyやBAICに買収されたわけではありません。

そして中国で生産されるMercedes-Benz完成車も、基本的には巨大な中国市場に向けた現地生産車です。

中国資本が入っていることと、中国企業になったこと。

中国に工場があることと、世界で販売されるMercedes-Benzが中国製になったこと。

この2つをそれぞれ切り分けて考えれば、現在のMercedes-Benzと中国との関係はかなり見えやすくなります。

グローバル化が進んだ現在の自動車産業では、株主の国籍だけで企業の国籍や製品の生産国まで決めることはできません。

Mercedes-Benzと中国との関係についても、約20%という数字だけを見るのではなく、その資本関係がどのように生まれ、どの市場に向けて、どこで自動車を生産しているのかまで確認することが大切ではないでしょうか。

参考・出典:Mercedes-Benz Group / Beijing Benz Automotive

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この記事を書いた人

メルセデス・ベンツ正規ディーラーを中心に、自動車業界で10年以上の経験を持つ筆者。販売現場で培った経験をもとに、高級車・新型車を中心とした自動車情報を独自の視点で発信しています。

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