ロレックス サブマリーナーといえば、現在では高級時計の代表格として扱われ、ヴィンテージモデルともなれば資産価値まで注目される存在です。しかし、その原点をたどれば、サブマリーナーはあくまでも過酷な水中環境で使用するために生まれた、本格的なダイバーズウォッチでした。
そんなサブマリーナーの本質を思い出させるような出来事が、オーストラリアの海で起きています。
クイーンズランド州ノーサ沖で海底のゴミを回収していたサーファーが、岩の間に引っ掛かっていた1本の腕時計を発見しました。砂や海洋生物に覆われ、ベゼルには大きな腐食が生じていたため、最初は偽物だと思われたその時計は、後に本物のロレックス サブマリーナー Ref.5513であることが判明します。
さらに驚かされたのは、海から引き上げて真水で洗浄した際、秒針が動いていたことでした。
ただし、ここで重要なのは「約4年間ずっと動き続けていた」という意味ではないことです。後に判明した情報によれば、この時計が海で失われたのは2019年2月6日で、発見されたのは2023年。つまり約4年間海中にあったことになりますが、機械式時計のパワーリザーブを考えれば、その間ずっと動いていたわけではありません。
本当に驚くべきなのは、約4年間もの海中生活を経た後でも、ムーブメントが再び動ける状態を保っていたことなのです。
海底のゴミを拾っていたサーファーが偶然発見

このサブマリーナーを発見したのは、オーストラリアのプロサーファーで、パークレンジャーでもあるマット・カディヒー氏です。
カディヒー氏はクイーンズランド州ノーサ周辺の海を日常的に訪れており、波がない日にはシュノーケリングをしながら魚やウミガメを観察するとともに、岩の間に残された釣り具やサーフボードのフィンなどのゴミを回収していました。
その日も普段と同じように海中を探索していましたが、砂の状態が変化したことで通常より多くの岩が露出しており、そこで7枚ものサーフボード用フィンを発見します。
そして周囲を探していたところ、岩の下にブレスレットが引っ掛かった腕時計を見つけました。
時計の風防は長期間にわたって砂にさらされたことで曇ったような状態になり、ケースやブレスレットには海中の付着物がびっしりと付いていました。その姿を見たカディヒー氏は、最初から高価な時計だと思ったわけではなく、むしろバリ島などで売られているロレックスの模造品ではないかと考えたといいます。
しかし、海から引き上げて真水で洗ってみると状況が変わります。
砂や塩分、海洋生物などの付着物が落ちていくなか、時計の秒針が動いていることに気付いたのです。
正体はヴィンテージのサブマリーナー Ref.5513
発見直後にはRef.14060ではないかとも考えられていましたが、その後の確認によって、この時計は後年のダイヤルが装着されたサブマリーナー Ref.5513であることが分かりました。
Ref.5513は1960年代から1980年代まで長期間にわたって製造された、ヴィンテージ・サブマリーナーを代表するリファレンスのひとつです。
| 項目 | ロレックス サブマリーナー Ref.5513 |
|---|---|
| モデル | Submariner |
| リファレンス | Ref.5513 |
| ケース素材 | ステンレススチール |
| ケース径 | 約40mm |
| ムーブメント | 自動巻き |
| 防水性能 | 200m |
| 表示 | 時・分・秒 |
| 日付表示 | なし |
| 製造時期 | 1960年代〜1980年代 |
現代のサブマリーナーと比較すれば、ムーブメントや素材、防水構造などには当然ながら世代の違いがあります。それでもRef.5513は、ロレックスがプロフェッショナル向けダイバーズウォッチとして長年改良を重ねてきた時代を象徴するモデルであり、現在でもヴィンテージ・ロレックスを代表する存在として高い人気を誇っています。
なぜ4年間海中にあった時計が動いていたのか
今回のエピソードで最も気になるのは、やはり「なぜ動いていたのか」という点でしょう。
まず明確にしておきたいのは、Ref.5513が約4年間、一度も止まらず動き続けていたわけではないということです。
機械式時計は主ゼンマイに蓄えたエネルギーによって動いており、Ref.5513のような自動巻き時計であっても、外部からの動きによってゼンマイが巻き上げられなければ、やがてパワーリザーブを使い切って停止します。そのため、2019年に海中へ失われた時計が2023年まで同じゼンマイの力で動き続けることはありません。
一方、自動巻き時計には時計の動きを利用してゼンマイを巻き上げるローターが備わっています。
そのため、海底から時計を拾い上げたり、運んだり、洗浄したりする過程でローターが回転し、ゼンマイが巻き上げられた結果、停止していたムーブメントが再び動き始めた可能性があります。
ただし、Fratelloの記事では「なぜ発見時に動いていたのか」について機械的な検証結果までは示されていないため、これを断定することはできません。
重要なのは原因そのものよりも、長期間海中に置かれたにもかかわらず、回収された時点でムーブメントが作動可能な状態だったという事実でしょう。
ベゼルは大きく腐食、それでも内部機構は生きていた
もちろん、約4年間に及ぶ海中生活を無傷で乗り切ったわけではありません。
発見時には時計全体に砂や塩分、海洋生物などが付着しており、特にベゼルには大きな腐食が確認されました。また、リューズも固着していたため、カディヒー氏は時刻を合わせることができず、「時間は示しているが、自分のタイムゾーンではない」という趣旨のコメントを残しています。
その後、時計はメルボルンに住む友人を通じて専門家に確認してもらい、多少の手入れを受けたことで時刻を調整できる状態になったとされています。
外装にはこれほど明確なダメージが生じている一方で、時計としての機構そのものが完全には失われていなかったという点に、サブマリーナーという時計の設計思想が表れているようにも感じられます。
2019年2月6日に海で失われていた
発見後、カディヒー氏はこのサブマリーナーを自分のものにするのではなく、SNSなどを利用して本来の所有者を探すことにしました。
その理由のひとつとなったのが、ケースバックに残されていた特別な刻印です。
この時計には誰かにとって大切な意味があるのではないかと考えたカディヒー氏が写真を公開すると、世界中から大きな反響が寄せられ、購入を希望するコレクターや、自分が所有者だと名乗る人物からも数多くの連絡が届きました。
そんななか、本当の所有者であるリック氏へ情報が届きます。
リック氏はSNSを利用していませんでしたが、友人が記事を見つけたことで時計の存在を知り、娘の協力を得ながらカディヒー氏らへ連絡。公開されていなかったケースバックの刻印について言及したうえ、過去にロレックスでサービスを受けた際の記録からシリアルナンバーも確認できたことで、所有者であることが証明されました。
そして、この過程で時計が2019年2月6日に海で失われていたことも明らかになります。
発見されたのは2023年ですから、このサブマリーナーは約4年間にわたって海中にあったことになります。
父との思い出が詰まった特別なサブマリーナー
この時計が持ち主にとって特別だった理由は、金銭的な価値だけではありませんでした。
リック氏にとってサブマリーナーは父親との思い出につながる時計であり、失った際にはプロのダイバーに捜索を依頼したものの発見できませんでした。それでも完全には諦めず、地元警察やロレックスにも紛失を届け出るとともに、シリアルナンバーなどの情報を残していました。
それから約4年。
偶然海底を清掃していた一人のサーファーによって発見され、その出来事がインターネットを通じて世界へ広がり、SNSを使っていなかった本人にまで情報が届いたことで、時計は再び持ち主のもとへ帰ることになりました。
カディヒー氏とリック氏はその後ノーサで直接対面し、時計はロレックス・オーストラリアへ送られ、必要なサービスを受けることになりました。
海底から帰還し、ロレックスで再び整備へ
その後Fratelloは、このサブマリーナーについてさらなる続報を掲載しています。
時計はロレックスによるサービスを受け、再び使用できる状態へと整えられました。
ヴィンテージ時計の場合、部品交換によってオリジナリティが失われることを気にするコレクターも少なくありません。しかし、この時計の場合は市場価値だけでは語れない歴史がすでに刻まれています。
父親との思い出を背負い、オーナーとともに長い年月を過ごし、一度は太平洋の海底へ消え、それから約4年後に偶然発見されて帰ってきた――その経歴そのものが、このRef.5513を世界に一本しか存在しない時計にしているからです。
4年間動き続けたのではない。それでも十分すぎるほど凄い
今回の話を「4年間海底で動き続けたロレックス」と紹介してしまえば、確かにインパクトは強くなります。
しかし、機械式時計の仕組みを考えれば、それは正確な表現ではありません。
このサブマリーナーは海底で一度停止していたと考えるのが自然であり、回収する際の動きなどによって自動巻き機構が作動し、再び動き始めた可能性があります。ただし、その具体的な経緯については確認されていないため、推測と事実は分けて考える必要があります。
それでも、このエピソードの価値が薄れることはありません。
むしろ約4年間も海水、砂、潮流にさらされたヴィンテージの機械式時計が、海から引き上げられた後に再び時を刻むことができたという事実だけで、十分すぎるほど驚異的です。
現在のサブマリーナーは、入手困難な高級時計として語られることが増えました。市場価格や資産価値が話題になり、実際に海へ潜る際に使用する人は、誕生当時と比べれば決して多くないでしょう。
しかし、サブマリーナーの原点はショーケースの中ではなく海にあります。
今回発見されたRef.5513は、決して望んだ形ではなかったものの、約4年間にわたってその「海」という最も過酷な場所に置かれることになりました。
そして最後には、再び動き、持ち主のもとへ帰ってきた。
「4年間止まらなかった時計」ではなく、「4年間海に沈んでも、再び動くことができた時計」。
こちらの方が、ロレックス サブマリーナーという時計の凄さを、より正確に表しているのではないでしょうか。
参考・出典:Fratello Watches



